ジグ日記 | 出版舎ジグ

9月になればジグは その3

9月もあっという間に終わる。30日に刊行日となる今年2冊目の本を、明日は台風だからと中央精版印刷の早津さんが昨晩のうちに届けてくださった。阿古智子さんの『香港 あなたはどこへ向かうのか』。

 

阿古智子先生とは、ちょうどジグを立ち上げて間もない頃に出会った。なにかサイトに文章をいただけませんか?とお声がけしたら、ご快諾いただき、専門の研究より日常に近いテーマで、と数回にわたって書いていただいたのが、東京都中野区にある旧豊多摩監獄の正門、通称「平和の門」の保存をめぐる話。

この門のことは報道でお聞きになった方もおられると思う。小林多喜二、亀井勝一郎、大杉栄、戸田城聖らが収監され、三木清が獄死した豊多摩監獄は、戦後はGHQの陸軍刑務所、戦後は中野刑務所、刑務所閉鎖後は公園と矯正研修所になり、さらに移転が決まるのだが、その間この大正モダニズム建築の傑作の正門は残されてきた。

その空間に、お子さんが通う公立小学校の移転が決まり、阿古さんは門と出会ったのだった。

2019.03.05 その1「壁が築かれるかもしれない」
「この1年あまり、私は「刑務所の門」の保存を目指して奔走した。どれだけ多くの時間を費やし、どれだけ多くの場所を訪れ、どれだけ多くの人に会っただろうか。」 「文化財としての価値、歴史を学ぶ材料としての価値を伝えるために私は行動した。私が「刑務所の門」の保存にこれほど情熱を傾けたのには訳がある。」

文章をいただいてすぐに、研究者の緊張感と、一市民の倫理観と、隣人への誠意ある関わりに同じ熱量と行動力をかたむける阿古智子さんの力量を知ることになった。
この連載は
2019.04.21 その2 「行政と議会」
2019.06.30 その3 「足元の「自由」」
2019.09.08 その4 「なぜ「平和」がタブー視されるのか」
まででいったん止まる。

平和の門の話がおわったのではなくて、6月に始まった香港の逃亡犯条例改正をめぐるデモが拡大しつづけ、死者までを出し、警察や覆面集団の暴力事件、ゼネストや国際空港封鎖までに至っていた。香港のことを書いてもらうべきではと考えたからだ。

中国でのフィールドワークをまとめた『貧者を喰らう国』で、ご専門については知ったのだが、中国の人権派弁護士支援活動や、ヒューマンライツ・ウォッチなど人権活動団体の講演、シンポジウムにも頻繁に登場し、中国や香港、台湾での人的ネットワークの現在進行形を担っている阿古先生が、研究者としても、一市民としても、友人としても、香港について書かないでいいわけがない、と思った。

実は、阿古さんとはじめてお会いしたとき、香港の雨傘運動以降をめぐる交流の経緯があって、周庭さんも一緒だった。のんびりした正月休み、そのときはまさか、2019年が、そして2020年が、このような年になるとは思いもしなかった。

(阿古さんと阿古先生と、呼称が混在するのをお許し頂きたい笑)

ジグのサイトでの連載は、「香港 あなたはどこへ向かうのか」に切り替わった。
香港留学時代の回想から書き進めて頂いたその連載は、今度は2020年の2月で止まった。次がどうなるのか、次をどこに向ければいいのか、私もわからなくなってきたのだ。いったいこの香港の状況を、どこで区切ればいいのか、区切れるのか、区切っていいのか。

香港研究者の倉田徹先生らが東京外国語大学出版会から緊急出版するなど、香港の危機やデモの経緯を丁寧に追う動きも良いタイミングで出た。一方で、すぐれた活動家で自身の言葉を持つ周庭や黄之鋒を好んでとりあげる報道では、メディアが望むオーラを幾重にもまとわされているように見えた。

もっと小さな主語で語るなら(「小さな主語」は堀潤さんの使った言葉だが)、今の香港をどのように見て、どう書けるだろう--その依頼を受けて2月以降も、台湾へのフィールドワークや、さまざまな仕事の合間に、阿古さんは書き続けてくださった。9月は立法会選挙がある、このタイミングで本に、と思ったら、その選挙も延期とされるとは。だったらもういい、今を切り取って、香港の今を生きている人への眼差しとして出そう。そして一気にすすめていただいた(ご無理をおかけしました)。

現代中国社会研究と比較教育学を専門とする阿古先生が、香港にどのように目を向け、どのような距離感と親密さで何を書いておられるかは、ぜひ本を読んで頂きたい。とりわけ女性たち・若者たちへの視線には、同時代を生きる者の心からのエールがある。

カバー写真は阿古先生を通じて森上元貴さんの切り取った香港のいくつかの風景で、そのカバーをはずすと、こういう表紙(これは校了前の表紙のゲラ。背の部分)

夜空のような黒に星の粉のようなニュアンスがあるこの本表紙をめくると、こう。光がさしている。directionQの沼本明希子さんの装幀です。

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