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香港 あなたはどこへ向かうのか 3 阿古智子

スターリー・シスターズ - 星の姉妹たち-その1

「子どもも一緒に参加することもある。もちろん、私は抗議する側についているわ。私が参加するのは、デモに参加する若い人たちをサポートするためなの。ソーシャルワーカーのグループは毎回出ていって、悩みのある若い人たちの話を聞いたり、カウンセリングを行ったりしているのよ」。

ジョセフィンとはFacebookでつながっていたが、デモや政治に関わる話題の投稿は見たことがなかった。大抵、家族や友達と何を食べたとか、どこに旅行に行ったとか、楽しい内容ばかりだった。だから私は、彼女はデモには賛同していないのではないかとなんとなく感じ、彼女に質問しづらいところもあったのだ。彼女はアニーの話を受けて、話し始めた。

「私のことを“薄い青色”だなんていう人たちもいるけれど、そんなことはないのよ。私もデモに参加する若い人たちのことを想っているわ。香港にとって自由が重要であることもわかっている」。

そうだったのか。ジョセフィンは公には立場を表しにくいだけだったのか。
香港では最近、政府支持派を「青」、デモ支持派を「黄」と色付けするようになっている。ジョセフィンは自らを「青」だとは認識していない。


その後、アニーはとても険しい顔つきになり、デモの映像や写真を見せながらこう話した。
「私たちは常に監視されているのよ。誰にどんな風に撮影されているかわからない。それに、デモ隊のメンバーのふりをして、警察が紛れ込んだりもしているのよ。ヤクザたちが暴力を振るっていることもあった。私は自分のソーシャルメディアでの投稿にとても気をつけているし、友人とやり取りするのも暗号化されているアプリしか使用しないわ。中国のアプリを使えば、すぐに情報が漏れてしまう。中国から流れてくる情報は操作されていて、フェイクニュースであふれているの」

この時のランチに来ることができなかったテレサは、私が日本に帰国後、Facebookのメッセンジャーで連絡をくれた。
「あなたのFacebookを見たわ。多くの民主派の人たちと会ったのね。あなたは香港の民主と自由を支持してくれているわ。心からの感謝を伝えさせて。涙と恐怖の日々を過ごしているけれど、私は、決してあきらめない香港人の一人であることを誇りに思っているわ」。


私はテレサもいわゆる「青」に近いのかもしれないと思っていたので、こんなメッセージをもらって正直驚いた。彼女はFacebook上で本名を使わず、ニックネームにしているし、投稿しているのはジョセフィンのように、家族との海外旅行についてばかりだった。その後、何度か彼女とメッセンジャーでやり取りしたが、挨拶程度で終わるかと思っていたのが、会話が続いていく。彼女は大学時代から、背が高く、足が長い美人で、長い髪をなびかせているのが印象的だった。いつも笑顔で声をかけてくれるのだが、私はなんとなく緊張してしまって、あまり深い話をしたことはなかった。でも、この時はなんとなくもっと話したいと思ったのだ。
「よかったら明後日の夜は時間が取りやすいから、電話で話を聞かせくれない? 本を書こうと思っていて、あなたの話をもっと聞きたいの」と言ってみたところ「私も都合がいいわ。What’s Appで連絡を取り合いましょう」と電話番号を教えてくれた。


香港の人たちは、What’s Appのほか、TelegramやSignalなど、暗号化によって機密性が高められたアプリを使っている。やり取りする文字情報や動画、写真などの第三者への漏洩を高い確率で防ぐことができるからだ。中国で開発されたWe chat(微信)などのアプリは絶対に使わないという人が少なくない。What’s Appの電話機能を使っての会話は1時間半ぐらいに及んだだろうか。彼女は延々と私に話し続けた。 (スターリー・シスターズ その2につづく)

  • 写真はすべて著者撮影(香港大学の写真は2018年10月、そのほかは2019年12月)

あこ ともこ 現代中国研究、社会学、比較教育学

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