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香港 あなたはどこへ向かうのか 4 阿古智子

スターリー・シスターズ - 星の姉妹たち-その2

T「これからの5年で香港はどうなるのか。移民する人が確実に増えるでしょう。私たちはいわゆるミドルクラスで、経済的には余裕がある。夫の会社の同僚たちもそうね。一国二制度が終わるまで、あともう28年しかないから。未来のために計画を立てなければならないわ。子どもたちのために。このままでは、子どもたちは本当に考えていることを表現できなくなる。私たちは嘘をつき続けなければならない。今だって、自分はある意味で嘘をつき続けているのよ。Facebookの名前も変えたし、写真も削除した。この会話も録音されているんじゃないかって、不安になるわ。マカオではすでにそうなっているのよ。私たちは、本当の自分を表現できないのよ。誰がどこで見ているかわからないから。実際のところ、5年後をまだ想像することができないの。

T「子どもたちには、適当な学校が見つかったらイギリスに行かせようと思っているの。真実を知って、平和なところで仕事を見つけてほしいの。中国が変わらないなら、香港は心配だからね。お金はとてもかかるけれど、もう他に方法がないわ。


T「これまで仲良しだった友人たちが、学生たちを非難するようになった。警察を擁護するのは、受け入れがたいことよ。政治的に考えが異なるというより、意識(consciousness)、正義(justice)、人間性(humanity)の問題だと思う。そう、私は人間性が最も重要だと思うのよ。こんな風にして友情が破壊されていくのは恐ろしい。

T「私たちはとても悲惨に見えるかもしれないけれど、「私はこれだけ香港を愛している」と感じることができたの。犠牲を厭わない人の気持ちがわかったわ。「死ぬ時になってやっとわかることがある」というような言い方があるでしょう。香港人はとてもイノベイティブで、賢い。私は香港人としてとても誇りに思う。香港人はもっと評価されてもいいと思うのよ。ノーベル平和賞を受賞した劉暁波は、最も中国を愛している人だと思う。中国人を守っている人権派弁護士たちも、なぜ弾圧されなければならないの。「中国を愛しなさい」と強要されるのはなぜ? このような人たちは中国を愛しているけれど、中国共産党を愛していないわ。共産党は私たちを代表していない。香港人のほとんどがそう思っている。私は中国人だけど、共産党政権を憎く思っている。習近平は世界に影響を与えているわ」


私は電話を切った後、さまざまな思いが頭の中を駆け巡り、しばらく涙が止まらなかった。
テレサは最後にこう言っていた。「私たちって、大学時代にこんなに深く話し合ったことはなかったわよね。こんな風にさまざまなことを分かち合えるのは、よかったと思うのよ」

「人間はどうあるべきなのか」という根元的な問いを持ち、友人同士で考えを述べ合い、思考を深めることができるのは、ある意味で嬉しいことだと私も思った。「どこで監視されているかわからない」という彼女の恐怖心も、私自身、中国を研究する中でさまざまな経験をしており、痛いほどよくわかる。

ちょうど、約3ヶ月拘束されていた北海道大学の教授が保釈されたところで、日本でも中国研究者の間で、中国への渡航を控えようという動きが広まっていた。「私も自分自身、これは言わないでおこう、書くのをやめておこうと、自分に制限をかけてしまうこともあるのよ」とテレサに言うと、「日本にいてもそうなのね!そこまでとは思ってもみなかった」と驚きを隠さなかった。

私たちが見るべき真実はどこにあるのか。どうして自分に嘘をつかなければならないのか。自由に考え、自己表現できないような環境に子どもを置きたくない――テレサが訴えていることは全て、私自身も考えていることだった。

テレサが触れた7月21日夜に元朗で起こった襲撃事件では、デモに反対する「三合会」と呼ばれる地元のマフィア勢力と警察が結託していたのではないかと言われている。元朗駅に列車が到着すると、手に棒を持った白Tシャツの男たちが乗り込み、突然、乗客に殴りかかったのだ。その日、香港島で開催されていたデモに参加して帰ってきた人たちを狙おうとしたという見方もあるが、SNSで拡散されている動画を見ると、男たちは無差別に攻撃しているように見える。多くの通報があったにも関わらず、警察はすぐに現場に向かわなかった。警察に対する不信感が高まっている背景には、こうした事件の存在がある。


テレサは「破壊活動をしたりするのはよくない」「そういうことをするのはごく少数の人たち」「ほとんどの抗議者を誇りに思っている。彼らはとても勇気がある」と述べた際に、「破壊行動」を「飾る」(decorate)と表現した。親中派と見られている企業グループの店やレストランの出入口が壊され、シャッターや看板などに落書きされることが相次いでいるが、デモ参加者たちは「破壊する」「攻撃する」のではなく、「飾る」「修繕する」(レノベーションする)と表現している。別の友人は、「店を壊しても、略奪行為は生じていない」、「デモ隊が投げる“火の魔法”(火炎瓶)は、バリケードがわりであり、ラインを引いて警察が攻めてこないようにするため」「火炎瓶が警察を攻撃するために使われているのなら、警察はもう何人も死んでいるはずだ」と説明していた。つまり、デモ隊もルールを設け、あるいは暗黙のルールに従って行動しているのであり、彼女のようにそれに一定の理解を示す姿勢から、「飾る」「修繕する」という負のニュアンスを含まない表現を選ぶのだ。

ここまで、香港大学時代の姉妹たちとの話を書いてきたが、この節では今回の旅で新たに出会った2人の女性についても紹介したい。スターリー・シスターズの私たちよりずっと年下の彼女たちは、香港をどう見ているのだろうか。

*1『香港に栄光あれ』広東語『願榮光歸香港』/英語 “Glory to Hong Kong” :逃亡犯条例改正案に反対するデモをきっかけに、ネット掲示板 LIHKG(広東語では「連登」と呼ばれる)のメンバーが書き下ろしたとされるテーマソング。香港の「国歌」のように捉えている人たちもいる。2019年9月14 日BBCのインタビュー動画参照 Glory to Hong Kong: How the protesters got a new song : Reporting by the BBC’s Grace Tsoi in Hong Kong.

*2 通識教育:2009年に高校の必修となった「通識教育」は、日本の「公民」に近い科目で、生徒に人権、民主主義、環境問題、グローバル化、貧困問題などについて考えさせる。「通識教育」による批判精神は行き過ぎており、中国を醜く描き、対立を生じさせているという見方もあり、親中派の立法会議員らは通識教育の見直しを模索しようとしている。2012年に香港政府が導入しようとした「国民教育」は、愛国心を無理やり植え付けようとしていると若者たちの反発を生み、雨傘運動の引き金となった。

  • 写真はいずれも著者撮影(2019年12月)。イラストは森山朋香(日本の両親の下、香港で生まれ育ち、香港のローカルスクールに通う高校生。本稿で後日登場予定)

あこ ともこ 現代中国研究、社会学、比較教育学

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