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香港 あなたはどこへ向かうのか 5 阿古智子

スターリー・シスターズ - 星の姉妹たち-その3

ここまで、香港大学時代の姉妹たちとの話を書いてきたが、次に、今回の香港の旅で、私が新たに出会った2人の女性も紹介したい。彼女たちは、「スターリー・シスターズ」の私たちよりずっと年下だが、ともに自分の考えをしっかり持っていて、人懐っこい笑顔と強い目力が魅力的だった。2人は香港をどう見ているのだろうか。


最初に紹介するエミリーは、日本の大学院で修士課程を修了し、夏に香港に帰ってきた。それ以降、デモに積極的に参加している。学部時代は香港中文大学で政治学を学び、日本でも引き続き、政治学を専攻し、大阪都構想の住民投票を研究テーマに選んだという。日本語は大学生時代から学んでいるという彼女は、流暢に日本語を話す。

彼女の両親は中国大陸出身で、よりよい仕事と暮らしを考えて、香港に移り住んだ。もともと政府寄りだったが、今回のデモには理解を示しているという。エミリーは、彼女の両親の、中国本土からの「新移民」に対する複雑な思いを、そして彼女自身の、社会運動や香港の文化・経済に対する見方を、率直に語ってくれた。

E「香港中文大学の政治学部は、社会運動に積極的な人を輩出していることで有名ですが、今回(2019年11月24日に実施)の区議会議員選挙には、卒業生、そして在校生も出馬しました。学部の教授の集計によると、なんと、22人が立候補し、そのうち民主派は17人全員が当選し、非民主派の5人は落選したんですよ。

E「自分は中学3~4年生*1の時、ちょうど天安門事件20周年の年で、親からは天安門事件について教えてもらっていませんでしたが、テレビのニュースで事件のことを知ってから、自分で調べるようになりました。天安門事件で何が起こったのか、なぜ事実が伝えられないのか、疑問を持ったことから、徐々に政治や時事問題に関心を持つようになりました。

E「私が大阪都構想の住民投票を研究しようと思ったのは、香港と似ている部分があると考えたからです。2014年、大学3年生だった私は、雨傘運動の現場にも行きましたが、高齢者は運動に反対している人が多く、若者と対立しているという印象を持ちました。大阪都構想も同様に、高齢者の支持が得られず否決されたという見方がありますので、比較研究をしたかったのです。ところが、「逃亡犯条例」改正案を発端とした今回のデモでは、「銀髪族」(白髪の混じる中高年世代)や「守護孩子」(子どもを守ろう)という団体も活動していて、雨傘運動の時とは違っていました。

E「私の父は35年前に香港にやってきて、内装工事の会社で働き始めました。当時、中国より香港の経済はよかったから、とにかくお金を稼ぎたい一心だったのでしょう。でも、2002年11月に広東省で生じたSARS(新型肺炎)の影響で香港での仕事は減り、中国大陸で働くようになりました。現在は中国・広東省北部の清遠市で工場管理の仕事に就いています。

E「両親が結婚したのは30代半ばで、当時としては遅い結婚ですね。母はほぼ主婦と言えますが、時々パートで働いています。昔は、両親は政府寄りだったのですが、今回の運動については、しょっちゅう生中継を見て、警察に腹を立てています。Facebookなどソーシャルメディアとテレビとで情報が違う、と。今や、政府にとって不利な情報をもテレビも報道するようになり、政府に対する好感度は低くなってきています。

E「少し前まで、中国大陸から多くの妊婦が香港に来て出産していました。香港では、中国よりよい教育が受けられると考え、子どもを連れて移住する人も多い。私の家の周辺などでは、児童数が定員を超過してしまって、小学校が足りないのです。香港政府は、中国本土から毎日150人の移住者を受け入れることに合意しています。両親も中国からの移民ですが、新移民は、中国大陸の多くの地域よりも相対的に条件の良い香港の福祉に期待しているというイメージが強い。これに対して、昔の移民は働くため、お金を稼ぐために香港に来た、というイメージがあります。親世代にしてみれば、“我々は頑張ってきたのに、新移民は香港の福祉だけを狙っているのではないか”という気持ちがある。

E「さらに、中国大陸からの金持ちの移民は、香港の不動産価格を釣り上げてもいる。私の住んでいる香港の北部には、中国の観光客が大勢買い物に来るのですが、最近はデモのせいで観光客が減りました。経済は悪くなったかもしれませんが、まちが静かになってよかったと言っている人もいます。」

エミリーが言うように、雨傘運動の時とは異なり、今回のデモ活動には、さまざまな年代の人たちが参加していると指摘されている。のちに詳しく紹介するが、デモに参加する若い人たちに食べ物や薬を届けたり、家に帰るのに足がない人たちを車で拾って送り届けたりしている中高年の人たちもいる。もちろん、前回紹介したテレサのように、夫が中国関連の仕事をしているため、家族のデモ参加について公には話ができないという人もいるし、親と子の間でデモに対する見方が異なり、対立しているというケースもある。

エミリーの家族の場合は、親も警察の行き過ぎた暴力行為に否定的で、デモに一定の理解を示している。さらに、エミリーの両親が現在の香港政府に批判的なのは、中国からの移住者への政策(特に、この後説明する「新移民」に対する政策)に不満があるからでもあった。


もともとエミリーの両親も中国から移民してきたわけであり、多くの香港に住む人たちも例外ではない。香港には、仕事をするために来た人もいるし、家族や親戚を頼って来た人もいる。政情不安が続く中国から逃れようと、海路を泳いで、あるいは小型船舶などで、または山越えをして、密かに入境した人もいる。1979年まで香港では「タッチ・ベース」政策が採られており、中国との境界付近の新界地区で発見された場合は送還の対象となるが、中心部まで辿り着き、入境署に出向いて登録の手続きをとれば、居住証が与えられていた。しかし、この制度は1980年に廃止された。

中国が改革開放の時代に入り、香港の主権が中国へ返還されることが決まり、中国と香港の関係は新たなフェイズに入った。そのような中で、中国から香港に移り住んだ人びとは「新移民」と呼ばれる。中国から移住するための定住ビザの発給の割り当ては、1982年に香港英国政府と中国政府の間で1日75人と決められていた。それが1993年には150人に倍増し、現在に至っている。そうして返還から20年経った2017年には、新移民は100万人を超えた。

中国から移住者が急増したため、公営住宅の入居基準が厳しくなったり、病院が混雑したりすることに対して、不満の声が高まった。さらに大きな社会問題となったのが、子どもを香港で産む中国人新移民の急増である。2001年、香港の最高裁は「香港の居住証を持たない親から香港で生まれた子どもには、香港居民の身分を与える」という判決を下して以降、香港で出産する中国人が急激に増えたのだ。

香港に計画的に渡航し、出産した中国人の多くは、ブローカーなどを通じて出産の準備や手続きを行っていた。2013年になってようやく、香港政府は中国からの出産目的での渡航を禁止した。2001~2013年の11年間に生まれた両親ともに非香港居民である中国人の子ども(中国語で「双非児童」と呼ばれている)の数は、20万人以上にも上ると言われている。こうした子どもたちの中には、毎朝入境手続きをして、香港に隣接する深圳などから香港に通学する者も少なくない。「双非児童」や新移民の子どもが多い地域は、学校が足りないという状況に陥っている。

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