よろこびをたがやす - ともに、ろうを生きる、ながいながい物語 -
その1 おわり、そしてはじまる
詳細は当時の新聞記事等を読んでいただければと思うが、少しだけ紹介したい。*1 *2
事の始まりは、ある利用者への職員の対応を「虐待」とされたことだった。利用者間の金銭トラブルや不適切な交友関係の問題を巡って、『さんさん山城』が「ほかの利用者を守るためにやむを得ない。」と判断し、ある利用者を退所させたのが2022年10月であった。これに対して、京田辺市が①心理的虐待、②放棄・放置を認定した。
『さんさん山城』の職員・利用者のみならず、当の本人である元利用者も、虐待はなかったと反発し、第三者による検証を求めた。けれども、法人は十分な調査・話し合いを行わずに京田辺市の虐待認定をそのまま事実として認め、早々と公式に謝罪文をホームページに掲載しただけでなく、『さんさん山城』の管理者、責任者の職員2人を懲戒処分にしようとした。つまり事実上『さんさん山城』を解体しようとしたのだった。
翌月、『さんさん山城』の職員は謝罪広告の削除や名誉回復、懲戒処分の撤回を求めて、法人を相手取り仮処分の提訴を行った。『さんさん山城』は第三者による検証を求め続けたが、実際にそれがなされることはなく、『さんさん山城』と法人・市の両者の認識は大きく乖離した状態で、対立が続いた。
事業所運営の継続が困難であるという判断に至り、2024年2月、『さんさん山城』職員12人のうち10人が退職届を提出。けれども退職直前に法人から懲戒処分が下る。そして先のメール。2024年3月3日、さんさんの日に『さんさん山城』は事実上、およそ13年の幕を下ろした。
一番悔しかったのは、長い年月と途方もない労力をかけて、『さんさん山城』をあそこまで築き上げてきた当の本人たちであったことは間違いない。けれども、ちょっと関わったくらいのぼくがショックを受けてへこたれている間に、彼らは次のステップに向けて着々と準備を進めていた。打ちひしがれている場合ではない。ここで立ち止まるわけにはいかない。目指す先がある限り、前進あるのみ。
裁判と並行して、水面下で彼らは次の一手を打っていた。これまでの活動の中で培った関係性をフル活用し、別の法人の下で新たに事業所を一から立ち上げる準備をすでに進めていた。
2024年4月1日、退職してからまだ1カ月も経たないうちに別の事業所で『さんさん山城』の元利用者の受け入れを開始し、一週間後にはカフェもオープン。同年8月1日、医療法人みどり会のもとで就労継続支援事業所B型『さんさんグリーン』として新たなスタートを切った。
もともと『さんさん山城』で働いていた利用者の多くも籍を移し、立ち上げ時には元『さんさん山城』職員・利用者合わせて30名となった。『さんさんグリーン』の新たな活動にエネルギーを割きたい、との意向から、継続中だった裁判を取り下げる判断に至ったのが2024年8月9日であった。
これまでの活動基盤であった京田辺の地から離れた大阪府枚方市にて、新たな法人の全面的なバックアップを受けつつ、『さんさん山城』時の取り組みを引き継ぎ、農業、農産物の加工・販売、カフェのランチ提供を軸に、活動をさらに展開している。
『さんさんグリーン』開所の話を聞いたとき、あの場所がこの世界からなくならなかったという安堵感や、みんなにまた会えるという嬉しさとともに、勝手にショックを受けてへこたれていた自分がちょっとだけ恥ずかしくなった。
*1 例えば次の新聞記事を参照されたい。「市の「虐待あった」認定に職員・利用者が反論 京田辺の障害者事業所」,市の「虐待あった」認定に職員・利用者が反論 京田辺の障害者事業所 [京都府]:朝日新聞、2023.11.30.(2026.3.17アクセス)※有料記事につき全文を読むにはログインが必要
*2 (編集部注) ほかに、京都市の社会福祉法人ミッションからしだね(就労継続支援B型事業所や障害者地域生活支援センターを運営)の情報誌『からしだね通信』2023年12月号「障害者虐待防止法について考える―京田辺市で起った「虐待」認定騒動を見て―」でも掘り下げた問題提起がなされている
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