出版舎ジグ
jig-web 連載

その3 きっかけヘッダー画像

よろこびをたがやす - ともに、ろうを生きる、ながいながい物語 -

岩下紘己

その3 きっかけ

前回、『さんさん山城』ってどんな場所だったのかを紹介した。『さんさん山城』と出会って、すっかり魅了されてしまったぼくは、大学院の2年間、どっぷりはまり込んでしまったのだが、そもそも一体ぼくがどのようにして『さんさん山城』と巡り合ったのか、というきっかけの話を今回はしようと思う。

話は2016年頃、ぼくが大学2年生だった頃までさかのぼる。ひょんなきっかけで、上田要さんと出会ったことから始まった。
上田さんは、脳性麻痺で重度身体障害者のおじいちゃん。モトムじいじ、と呼ばれていたりする。滅多に怒らず、いつもにこにこした表情を浮かべ、顔に深く刻まれた皺からは、穏やかで優しく愉快な性格が滲み出ている。上田さんに誘われて、ぼくは上田さんの自立生活の介助者になった。

具体的には、週に1回ほど、上田さんの家に行って、夜から翌日の朝まで介助(身の回りの世話)をするのが仕事であった(夜中、上田さんが寝ている間は介助者も仮眠が取れるのでありがたかった)。

が、「自立生活の介助者」というのをもう少し掘り下げると、異なる景色が見えてくる(もちろん介助者を始めたばかりのぼくには知る由もなかった)。

そもそも自立生活とは、障害者が施設や親元から地域に出て、自分の住みたいところで暮らす実践であり、そのように社会を変えていく運動であった。もう少し詳しく言えば、自立生活とは、障害者が守られるべき弱者として(あるいは社会において要らない存在として)、これまで施設や家族に囲い込まれてきた状況下で(決して過去の話ではない)、そうではなくてひとりの人間として地域で暮らしていく権利があるはずだと、障害者たちと介助者たちが闘い続けてきた実践と運動の歴史であった。「自立生活の介助者」をするというのは、つまりこの歴史の中で積み重ねられてきた実践と運動に連なる(巻き込まれる)ということであった(知らず知らずのうちに!)。
全く障害のことなど知らなかったぼくだが、少しずつ上田さんとの日々を通して具体的な経験として障害のことを感じ学んでいく中で、上田さんがどんな人生を歩んできたのか知りたいと思って、大学の卒業論文では上田さんの生活史を聞き取りまとめた。

その中で印象的だった言葉がある。

「ただ効率化してね、[・・・]俺がいてどんな24時間介助者入れて生活してるってことをみんなに伝えないで、ただ生きてるだけだったら、施設の居場所がただのマンションの一室に変わっただけってなりかねないっていうことで、できるだけ地域、ここの周りの人たちと交流していこうと思ってやってきた。自由にはなったけど、ただ孤立してたのが地域なのか、って俺なんか言いたいんだけど」

上田さんの人生を聞きとりした『ひらけ!モトム』より

次のページにつづく

【よろこびをたがやす】連載記事一覧はこちら »

↑

新刊のお知らせ