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どら猫マリーのDV回想録 ただいま人生再生中

その1

朝起きると思うことがある。今日もあたり前のように明日を迎えることができた。それはなんてすばらしいことなのだろう。自戒と自嘲の間で一日は始まる。

朝起きてときおり年寄りめいたことを思ってしまうのは、私の経験にある。
私には死にながら生きていた時期があったのだ。恐怖、絶望、不安、孤独。夫がそろそろ帰ってくると思うと全身を走るあの緊張を今でも思い出す。

「おまえ、これを俺に食わせたかったの?」なんて一度機嫌を損ねてしまえば最後。
もうドミノ倒しだ。そのあとは真空状態。終了をただ待つ。
最初は思わず投げた枕がたまたま変な方向に行って物を壊したその程度だった。
でも、それが当たる日があり、物が壊れる日があり、私たち夫婦は、それこそ砂の城が崩れていくようにどんどんおかしくなっていった。

私は、絶望的な日々をおくりながらそれを訴えることができなかった。誰かに言葉にしてもらうことを望んでいるような、曖昧な自分。今だから思うがそれはとても愚かなことだった。しかしどうしようもない、あり地獄にはまったような日々。

私は外国である国の人と結婚し、外国人として暮らし、子育てしていた。その国は学生時代の留学先で、たくさんの思い出と学びがあった場所だ。あの当時の語学努力は皮肉にも、夫とのケンカ、警察や相談員、そして弁護士との交渉などという形で実を結んだ。「カタコトだったときがかわいかったよ」という夫のご発言が脳裏をよぎる。
不思議なもので、この過度の夫婦喧嘩は、言えば言うほどコミカルになる。これは語学力の問題ではたぶん、ない。

自分を守りたい。あの恐怖をわざわざもう一回まともに感じるなんて私にはできない。
気が付けば、私はまたあの緊張状態に陥っている。
でも、あの時、実際、子どもたちはきゃきゃきゃっと笑ったのだった。いろんなものがぶちまけられて、お皿が飛んじゃって、それはまるでトムとジェリー。さしずめ私は頭の周りに星が飛んでいる猫だった。

公共機関に相談を持ち掛けたまでは自分をほめたい。しかし口をついて出るのは「大した事ではないんですが」なんていう言葉で、自分でもあきれた。最後まで割り切れない態度の私に、「一度は明確化しましょう」と、その可憐な外見からは予想外にテキパキと判断し、警察を呼んでくれた外国人支援センターの相談員さんも、そして私の目を覚まさせるかのように話をしてくれたおまわりさんも、みんな優しかった。そして私は、この過度の夫婦喧嘩がコメディではなくて、暴力であることを初めて知った。

しかしながら、その人たちが提案してくれたのは、夫の逮捕やシェルターへの避難で、私には「いきなりこれか……」と気持ちが引いてしまうものばかり。いくら人でなしでも子どもの父親だし逮捕なんてありえないし、シェルターで未就学児を抱えて集団生活なんて非現実的だ…… 通報した自分を、むしろ反省したりもして、支離滅裂だった。話せば話すほどコミカルになっていく自分をおかしいと思いながらも、とめられなかった。

暴力は恐怖を呼んで、ゆっくりと支配し、判断能力は極端に低下していた。

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