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どら猫マリーのDV回想録 その5

マリーさんの誇りと絶望(話は少し、さかのぼる)

でも映画館は本当に勇気がいったな。何よりお高い。

おサレなカップルとか、出かけ慣れてそうな親子連れにビクビクしながら、発券機に並んだ。人がいるところに並んでみたらそこは軽食のカウンターだったりして、自分たち、この世に完全に置いてかれているって思った。ポーとエリーはどさくさに紛れてキャラクターのオブジェに上ろうとするし……。顔から火が出るような想い出が走馬灯のようによみがえります。

初めて観たのはもちろん、『ドラえもん』。
勢いで観に行ってしまったから、前売りも割引もなしで、帰りの電車賃さえ危うかったから、ポップコーンはとりあえず匂いだけ楽しんだ。2匹はそういうものと思ったらしく、駄々をこねることさえしなかった。

それにしても息苦しかった、涙が止まらなかったから。
私はオープニングであの5人が大きなスクリーンに現れただけで泣いた。
君たち、久しぶりだね!という自分でも気が付かなかった仲間意識だった。
想像の共同体。地理も、歴史も、共通した民族意識を植え付けるための装置である。
私のホームランドはここだ!と私は嗚咽した。

道に迷っても、泣かないでいいよ、秘密の道具で助けてあげるよ

私は歌詞をかみしめた。ドラえもん、君の名を叫びたい瞬間は幾度となくあったよ。
叫んでいればよかったんだよね。そしたら助けてくれたかな。「君はどうしていつもいつもこうなんだ!」とかいいながら。

でもねぇ、ドラえもん。私は叫んでいたんだよ。
何か事が起きれば、定期健診で通っていた産婦人科の先生だとか、その地域に帰化して住む日本人の方々だとかに向かって、叫んでいたんだよ。でもね、誰も何も言わなかったんだ。なんだか聞こえないみたいだった。なんだか何も起きてないみたいだったんだよ。もしかしたら、君のその不思議な道具が邪魔をしていたのかな。ジャイアンの歌声を消してしまうような、そんな道具が。私は訴えても訴えても空をもがくように何も、なあんにも変わらなかった。

今、欲しいのは… タイム風呂敷。私たち家族を包んだら… もとになんて戻らないよね。どこに戻ったらいいかもわからないくらい、崩壊していたもの。

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