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どら猫マリーのDV回想録 その6

魔除けの指輪(話は少し、さかのぼる)

でも慌ててしまうと人間て損だ。
「ええと、あのーそれって結婚指輪なんですか? それだったらごめんなさい。でも結婚指輪って、もともとされてたんでしたっけ? でも中指ですよね」

思いっきり墓穴をほってしまった。というかこの人、私の婚姻関係をずいぶん前から探っていたということでもある。結婚しているのかしら、お子さんはいるみたいだけど、でもそれなら指輪くらいはめているはずよね、といった具合に。

でも良い人なんだろうとも思う。正直すぎる。そう、朴訥で純粋な人たちの集まりなんだ、ここは。一瞬、沈黙ができてしまって。私は指輪をはずした。
「あ、うっかりしてました。そうですよね」。

主任の許可を得ているなんて、もうどうでもいい話だ。私は相手の指に輝く結婚指輪を見た。少し年上の方だから、銀婚式の指輪と二重になっていた。石が少し飛び出すタイプのものだった。それが中指に移れば凶器になるとでもいうのだろうか。

ははは

乾いた笑いが廊下に響く。気まずい。でもむきになるなんて、大人げない。気まずい。狭い職場だ。感情労働が主な職種。同僚とは仲良くしたい。自分の居場所は心地よいものとして維持したい。なかったことにしたい。なかったことに。何もなかった。私はまたへらへらした。相手もへらへらした。

そうやってうやむやになって、事なきをえる。そうやって流すのが「大人」。流してはいけないことまで流していることもある。その選別は難しい。自分を良い人として保ちたい場合は特に。日常を保ちたい場合も、より一層。

帰国して、就職してからも孤独なのは変わらなかった。
疫病にしても、暴力にしても、シングルであることにしても、理解を得ようなんてもってのほかだったから。シングルな人には「シングルなキャラクター」みたいなものまで存在していた――姉御肌で、おもしろいキャラクターって言えばいいのかな。そうならないといけないのかなあと思った。

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