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どら猫マリーのDV回想録 その6

魔除けの指輪(話は少し、さかのぼる)

私はふと後ろを振り返った。
何だか1年半前のマリーさんがいるような気がしたのだ。

すれ違うビジネスマンの風圧だけでも転んでべそをかいていたあの子。kioskが世界最大のマーケットがごとく、「買ってぇぇぇぇ!」と泣いたあの子。都会のど真ん中とは思えない汗にまみれて髪の毛が顔にべったりくっついているのに、そんな2人をつれているから払うこともできない、1年半前のマリーさんと、すれ違ったような錯覚に陥ったのだ。

夫婦そろった親子連れを見るのが嫌で、顔も挙げられずに歩いていたよね。
ちょっとでも着飾りたくてはめた指輪は、仕事上外さざるを得なくて、その上、こんなお出かけの日にかぎってそのまま職場に置いて来てしまったことに、都会に着いたとたん気が付いたよね。それが急に情けなくなって、博物館の薄暗さに隠れて泣いたマリーさん。

久しぶりの都内。寄り道したいところは山ほどあったけれど、有名百貨店のデパ地下でお土産を買うと、座席指定特急券を買って帰路についた。ささやかなる感染症対策だ。
電車1両に、私を含めた2人しか乗客はいなかった。眠る間もなく、電車は東京郊外へ。

これからはさらに忙しく過ごさねば。合否が気になると、精神衛生上よろしくない。心配することはない。試験は日曜日だったから、もう明日から出勤だ。そして私は1つ年を取る。去年は試験当日が誕生日。今年は試験の次の次の日が誕生日。

ほどなくして緊急事態宣言は延長になった。また静かな日常がやってくる。指輪なんてもうどうでもいい。私自身が輝いていれば……なんてかっこいいことが言えるようになるのは、いつだろう。

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