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どら猫マリーのDV回想録 その8

マリーの逃亡劇 “アジア女性の連帯” 編

これでもう大丈夫だという気持ちと、本当に終わっていくのだという気持ちと、これから始まる母子家庭という現実と、私は涙ぐまざるをえなかった。

顔を覗き込むようにしてパスポートを渡してくれた税関の人よ。あえて何も尋ねようとしない優しさにあふれたまなざしだった。あなたもまた韓国人男性なのだけれど。

暑い…

いやー、代謝がよくなったのかな。今朝はなかなか汗が引かない。

確認書類に目を通すがぽたりぽたりと汗が垂れてしまう。

慌ててティッシュを探す。そのしぐさだけで「ほい」とティッシュが飛んでくる。
「どもですー」と受け取る。この事業所は、半分が優しさでできていると思う。

「ほら、もー!だからー!蛇口閉めないと」なんて会話ではっと思い出す。

エアコンは切り替わっても受水槽は水漏れしたままだ。エアコンを稼働させるイコール、受水槽の水を使用する。しかし受水槽の水は漏れる。夜間は漏水を防げるバルブのようなものを閉めている。朝、出勤した職員はエアコンを稼働させると同時に受水槽のそのバルブもひねらないといけない… けれど、今朝はどうやらそれをうっかりしてしまったらしい。そうしないと……
「あー、使い切っちゃったね…」
施設長がつぶやく。

夜間、受水槽にわずかに残った水のおかげでエアコンが稼働はした。しかし、朝の準備時間の時点で使い切り、水が不足したためにエアコンが稼働しなくなったのだ。利用者第一の現場。利用者到着までにはどうにかしないといけない。代謝が良くなったのではない。エアコンが止まっていたのだ。職員が誰も気が付かないうちに。

「しかたない。水がたまるまで!ね!」と、施設長にっこり。

大元の電源を切る。つ…つかまつった…利用者が来るまで残り1時間。私たちはまた冷房なしで乗り切らないといけない。じっとしていても汗が流れる。

だけど今日は、だけど今は、私には帰る場所がある。逃げる場所がある。

そうだ、今日はコンビニのアイスコーヒーを買おう。いや、アイスでもいい。コンビニ限定の味を発売したと、あの有名なアイスクリームメーカーのぼりがあったけど、それはどのコンビニだっただろうか。勤務後の楽しみができ、私はまた浮足立つ。
そうなのだ、私は基本、楽観的なのだろう。

それにしても暑い。暑いというか、蒸す。
卓上式の扇風機がフル稼働し、昭和のお役所を思い起こさせる。
扇風機を前にすると相変らず「あー」と言いたくなる。

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