出版舎ジグ
jig-web 連載

ベビーシッターさんのこと  Ⅱヘッダー画像

どら猫マリーのDV回想録 その12-2

ベビーシッターさんのこと Ⅱ

初日にそんなこともあって、私はすっかりその人のことが好きになってしまった。
韓国あるある、日本あるあるを比較しては笑った。

エリーが目を覚ませばその人が見てくれた。時折、エリーを任せて少し外の風に触れることもできた。その人は、韓国人の旦那さんと4人のお子さんがいるといった。一番下のお子さんがもう中学2年生になるという。台所に立つその人が私のご飯を作り置きしてくれる横で、私は話をし、日本語でも韓国語でも通じることが心地よかった。何となく、小学校から帰った後の母とのやり取りに似ていて、思い出していた。

平日のみ2週間。たくさんのことを話したように思うが、詳細は覚えていない。時には「教えてあげようか」と、子どもも夫も食べられるような韓国料理を教えてもらって一緒に作った。

「おいしいっ?」

日本語のおいしい、と韓国語で確認の意味を付与する終助詞「」を混ぜ合わせて使用するのが彼女の癖だった。韓国語と日本語が完全に混ざり合って、独特の言語が出来上がっていた。

聞けば彼女は何かの信仰があって韓国にやって来て、言葉も分からないままに夫との暮らしが始まり、次々と子どもをさずかったという。

「でもねえ、なんか、もういいかなあって思ってるの。この結婚は神様からもらったものだけどさ、いいかなって」

夫婦関係はあまりうまくいっていないようなことを言っていた。
夫は信仰がないばかりか、会社の物品を横領し、無断で販売。前科のある人間だった。

「言葉も分からないしさ。何か、苦労ばっかり」

笑っているのか、怒っているのか、あきらめたような声。
彼女は帰化し、韓国から何らかの手当を受けて、4人の子どもを育ててきたようだ。恐らく、日本では生活保護に相当するものだと思う。当時私は、それを申請することを夫に言うか、言うまいかで悩んでいた。言えばきっと、激怒するだろう。

かと思えば、「夫、仕事に送るときにさ、海岸道路通るんだけど、すごく気持ちいいの」
と、出勤の送り迎えをしているような話も出た。それが今の話なのか、過去の話なのか分からなかった。

ベビーシッターの仕事は日当5000円程度。ほかにも、皿洗い、新聞配達、様々なことで日銭を稼ぎながら、彼女は異国の地で生きながらえて来たという。

 

次ページへつづく


【どら猫マリーのDV回想録】連載記事一覧はこちら »

↑

新刊のお知らせ