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香港、抗う人びとの歌 1ヘッダー画像

難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-

番外編 香港、抗う人びとの歌

倉田明子

(つづき)

ここで初期の Cantopop の代表的な歌を2曲紹介しておきたい。ひとつ目は、Cantopop の創始者、「歌の神様」ともいわれる許冠傑(サム・ホイ)の「半斤八両(どっちもどっち)」という曲。

同じ題名の映画の主題歌で、労働者の気持ちを口語そのものの広東語で歌って大ヒットし、彼の出世作になった。この映画も含む数本の映画に兄の許冠文(マイケル・ホイ)、弟の許冠英(リッキー・ホイ)と一緒に出演しており、香港の喜劇映画の代表として一世を風靡した。日本でも「Mr.Boo シリーズ」としてヒットしたので、ご存じの方も少なくないと思う。映画はコメディながら香港社会を風刺的に描写していたが、許冠傑の歌の多くにも同じようなまなざしを感じることができる。

許冠傑《半斤八兩》:YouTube POP MusicChannel
https://www.youtube.com/watch?v=k53lknW7aI0

もう一つは羅文の「獅子山下(獅子山の下)」という曲。テレビドラマの主題歌で、戦後香港で人びとが体験した苦労を分かち合う内容の歌だ。

「同じ舟に乗り、獅子山の下で助け合い、分け隔てなく共に戦ってきた」、「同じ舟に乗り合わせた者同士、ともに歩むと誓い合った。おそれるものは何もない」といったフレーズがある。獅子山というのは九龍と新界の境目にある山で、頂上の岩の形がライオンに見えることから名付けられた。

戦後、この山のふもとにたくさんの人びとがバラック小屋を建てて暮らした。この歌はそうした共通体験に基づいている。そして時代を経るにしたがって、この歌は徐々に「香港人の歌」として注目されるようになり、2000年代の社会運動のなかでも「みんなで頑張ろう」という意味をこめてしばしば歌われるようになる。

羅文 《獅子山下》 (1979年原版):YouTube BHT X Wmb
https://www.youtube.com/watch?v=lTT6UQxwUgY

そしてもうひとつ、紹介しておきたいグループがある。達明一派だ。

作曲とギターの劉以達、ヴォーカルの黄耀明(アンソニー・ウォン)の 2人組である。彼らはとくに香港社会を映す歌を多く歌ってきた。個人的にも大好きなグループなので紹介したい曲はたくさんあるが、ここでは 1988 年に創られた「今天應該很高興(今日はとても嬉しいはず)」というクリスマスソングを取りあげたい。1984 年に香港の返還が決まると、香港では移民ブームが起こる。共産党政府への恐れや将来への不安から、香港を出て行く人びとが現れた。この歌はそうしたなかで、香港になお残っている人びとの心情を歌っている。

ひとり古い写真を眺めてはあのころを思い出す
黙ってまた思いを綴れば、みんなと会えた気がする

どんなに楽しいだろう
どんなに暖かだろう
ほがらかに肩を並べていられたら
今日は楽しいはず
今日は暖かなはず
みんなが目の前にいると想像しさえすれば

達明一派《今天應該很高興》(1988)
日本語訳:倉田明子

達明一派《今天應該很高興》 :YouTube 啤梨布丁
https://www.youtube.com/watch?v=PR6lMuvD_IE

このように自然に社会を映す歌が存在する Cantopop の世界の延長線上に、市民運動の歌もある。なお Cantopop については、ぜひ香港文化の研究者である小栗宏太さんの下記ブログの連載を参照していただきたい。*3

 

*3 小栗宏太 「時代の声、時代の詞:香港カントポップ概論」(noteブログ、2019年9-11 月、全22回)


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