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香港、抗う人びとの歌 1ヘッダー画像

難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-

番外編 香港、抗う人びとの歌

倉田明子

(つづき)

この写真は、アドミラルティというエリアで撮影したもので、いろいろなスローガンが垂れ幕や横断幕に書かれている。そのなかに、「Do You hear the People Sing?」や、「風雨中抱緊自由(風雨のなかで自由を抱きしめる)」といった垂れ幕が下がっていたりする。どちらも、運動の中でよく歌われた歌に関連している言葉だ。

「Do You hear the People Sing?」は、もちろん、レ・ミゼラブルの有名な劇中歌で日本では「民衆の歌」と訳されている曲だ。雨傘運動の導火線となった Occupy Central 運動*5  のなかで、この曲に新しい広東語の歌詞が作られた。広東語の題名は、「声をあげていない者は誰か」、非常に格調の高い文語調の歌詞になっている。

孩子問《誰還未覺》:YouTube STEMI TANG
https://www.youtube.com/watch?v=o2aYJrP1iNw

「風雨のなかで自由を抱きしめる」のほうは、香港で非常に人気のあったロックバンド BEYOND の「光輝歳月(輝ける歳月)」という歌の一節だ。アパルトヘイトと戦ったマンデラにささげた歌だが、このフレーズは民主と自由を求めるスローガンとして、しばしば運動の場で用いられてきた。

Beyond《光輝歲月》: YouTube mtvprogress2012
https://www.youtube.com/watch?v=Fq6gZBTwPFk

同じく BEYOND の「海闊天空(広いこころ)」という歌も、自由を求める若者の気持ちが表現されており、雨傘運動のなかでよく歌われていた。

BEYOND《海闊天空》: YouTube 滾石唱片 ROCK RECORDS
https://www.youtube.com/watch?v=qu_FSptjRic

運動のなかで生まれる歌

そして雨傘運動には、まさにこの運動のなかで生まれた歌がある。香港の音楽業界の有志たちが、この運動のために作った「撐起雨傘(傘を掲げよう)」という歌だ。

中心にいたのは達明一派の黄耀明や何韻詩(デニス・ホー)らだが、彼らはこのころから旗幟鮮明に民主派側に立った発言をするようになり、その結果として中国大陸での音楽活動が事実上できなくなってしまった。彼らの過去の楽曲も、中国の音楽配信サイトからは削除されてしまっている。また、作詞を担当した林夕は香港ではとても有名な作詞家だが、やはり民主派側に立った発言をしており、2019年の抵抗運動のなかでの言動をきっかけに、今では彼の名前も中国大陸の音楽市場から消されている。

この曲は、アドミラルティの占拠エリアで 2014年10月4日に開かれた集会のなかで初披露された。私もたまたまその場に居合わせ、写真を撮っている。その時は誰が歌っているのか、何が歌われているのかも分からなかったが、後で黄耀明と何韻詩がこの歌を歌っていたのだと知った。

この写真には 2 人は写っていないが、聴衆がスマホの灯りをつけて曲に合わせて振っている様子が分かると思う。この曲は、香港のラジオ局が毎年行っている音楽賞レースで、2014 年の視聴者投票部門第一位を獲得している。

何韻詩、黃耀明、葉德嫻 《撐起雨傘》: YouTube Hong Kong Flyer 香港飛行頻道
https://www.youtube.com/watch?v=kEyG46wL-UE

 

*5  Occupy Wallstreet 運動に触発されて香港の学者たちが考案した、普通選挙導入を求める運動。政府に選挙方案を提示し、それが受け入れられない場合は金融街を占拠する、とした。

 

・本文中の写真はすべて筆者による撮影です


香港、抗う人びとの歌 2 につづく

寄稿:倉田明子 くらたあきこ  東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授。中国近代史、香港・南中国地域研究。共著『香港危機の深層』『増補改訂版 はじめての中国キリスト教史』、共訳書『香港の歴史――東洋と西洋の間に立つ人々』など。

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