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マザーツリー イリナ・グリゴレ

祖母の家の写真
祖母の家

東京に引っ越して一か月後のこと。日本に来てからも必ず祖母に電話をしていろいろ話しをした彼女の電話番号だけは暗記していた。前回の電話では、祖母の声が小さくて、私たちは離れ離れになったなと悲しそうに言った。木曜日の5時ごろ、授業が終わって歩いてアパートに帰ろうとした。代田川の近くのベンチに座って携帯から祖母に電話をかけた。その瞬間、曇っていた空から光りが刺して、何かを感じた。不思議な光だった。いくら電話をかけても祖母は出なかった。

その後は発表の準備などで忙しくて、日曜日になって発表前に弟から電話があった。祖母は木曜日に倒れたと言う。意識不明になっていた。まったく希望を失って次の週に飛行機に乗って彼女のところに帰った。間に合わなかった。葬儀の最初の日だった。彼女が倒れた時にしていたピアスを母から渡されて今でもあのピアスをしている。祖母の遺体は小さかった。いつも痩せていたがそれ以上痩せていると感じた。

空港から到着するなりずっとそばを離れなかった私。ルーマニアの葬儀では身体を埋めるまで2日ぐらい家族のそばに置く。家族と村の人は夜もそばに集まって大声で泣いて、生きていた時の話しをする。私は本当に離れたくなかった。夜中になっても寝たくなかった。近所の酔っ払いが不思議にもずっと一緒に起きて、まじめに祖母の身体を見まもっている。私に泣きながら言う。この人は本当に聖人のように綺麗な人生をおくった。

祖母は庭仕事をしながら倒れて、一緒に住んでない母たちのかわりに近所の人が午後に見つけたそうだ。私が日本から電話をした時間と同じ時間だった。庭仕事の最中に倒れて大好きな畑で発見されるまで何時間も倒れたまま庭にいて、動けなかったがあの土の上で意識を失った。なにを見て、なにを思っただろう。あの家と共に生きて、家の前の畑で亡くなった。私の電話は聞こえただろうか。もう一回声を聞きたかった。

葬儀は暖かい春の空のしたで、教会から墓場まで遺体を馬車で運んで、祖母は汗をかいた。死んだ人も汗をかく。いつも通り匂いはしなかった。母は泣きながら優しく汗を拭いていた。子供のころ村でだれか亡くなると、蓋を開けた棺を馬車で運んで、村人は門のまえに出て亡くなった方を見てお別れしていた。祖母もこうやって最後の道を通るとは想像もしなかった。墓場は森の近くで、祖父の隣のお墓にした。お墓の十字に若い祖父母の写真があった。神父さまの声がして、最後の儀式だ。棺を釘で閉じて墓の中へ。鶏を右から左へ、墓穴の上で渡す。土を手にとって棺の上に置く。気が遠くなるほどの異空間になる。

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