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マザーツリー イリナ・グリゴレ

祖父母の写真
祖父母。祖母が抱いているのは母の妹。

家族の形は変わっても、人はいつも地球上を移動して生きてきた。私が日本にいることも、たいして珍しいことではないと気づかされる。死んで地球を離れたら人間はどこに行くのか。老いた祖母を思い出すように、いつか地球を恋しく思うかもしれない。何年か前見た夢のなかで私はバスに乗る感覚で宇宙飛行船に乗っていた。バスのように観光客と通勤する人でいっぱいだった。離陸すると私は気持ち悪くなった。周りの人は宇宙の風景を窓から見て喜んでいたが私だけ不思議な感覚だった。地球という存在と離れたくない気持ちでいっぱいだった。今にしてみれば祖母と葬儀でお別れしたときと同じ感覚だった。

葬儀が終わってまもなく、東京へ帰ってきた。祖母のピアスと、ドレスやシャツをもって帰った。祖母はセンスが良かったから。祖母との関係は変わってないかもしれない。歳をとったら私の顔から彼女の顔が見えるだろう。私に子供が生まれた時、母は手伝いにきた。赤ちゃんが泣くと、母は子守唄を歌い始めた。私が赤ちゃんだったころに祖母が歌った歌だった。

Nani nani puiul mamii

Puiul mamii şi-al cucoanei

Vino peşte de mi-l creşte

Și tu somn de mi-l adormi

Vino ştiucă de mi-l culcă

鯰を呼びだして赤ちゃんを寝かせてくださいと歌う、ルーマニアの古い子守唄だ。ルーマニア語で鯰は眠りと同じ、somnという。この歌は今でも私の支えになり、祖母のこと思い出させる。

ルーマニアでは祖母と母と娘の繋がりが強い。とはいえ男も植物も動物もすべてこの繋がりに関連している。マザーツリーを思い出す。白神山地の中でみたマザーツリーのこと。白神山地には、なん億年前に出来てから、まだ人間の足が入ってないところがある。これほど移動していた人間でも、あの森に入っていないところがあるなんて少し嬉しい。何年か前に入れるところまで行った。マザーツリーという400年前から生きるブナの木があった。古い木なのに女の子のように見えた。私の祖母のような雰囲気があった。この木も、私たちの母で、祖母で、娘であり、妖精のような存在だ。

少し前のことだが夢の中で祖母の家に戻っていた。門から入ると左にあったりんごの木は、とても古いブナの木になっていた。世界中から珍しい木を観にやって来た観光客で、庭と家が賑やかだった。家の窓から祖母が忙しそうにみんなに料理を振る舞う姿が見えた。祖母は私を見て、おかえりといった。私は子供をおんぶしていた。よくみると、その子供は小さい頃の私だった。もう一度祖母を見ると、祖母も小さな女の子の姿になっていた。

16歳の祖母
16歳の祖母

Irina Grigore 文化人類学

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