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家事労働者とその周囲のこと 伊藤るり その1

映画「ローマ」を観る

家事労働者と雇用主の物語から社会変革へ

家事労働者と雇用主の関係を公正なものとすることは、クアロン監督の家族史をこえた、現代の抜き差しならない社会的課題である。これを受け、「ローマ」はいっこうに良くならない家事労働者の状況とこれを容認する社会を変革しようとする運動とタイアップし、そのメディア戦略を担っている。

製作に関わったアメリカのパーティシパント・メディア社は、社会変革を推進する映画を指向する社会的企業として知られ、過去にアメリカの公民権運動と黒人家事労働者を取り上げた「ヘルプ——心がつなぐストーリー」(2011年)も手がけている。「ローマ」の場合、同社を介して、全米家事労働者同盟(NDWA)がプロモーションに参加している。

アメリカ合衆国の家事労働者の歴史的起源は奴隷制にある。映画「ヘルプ」にも見られるように、家事労働者の組織化も黒人家事労働者によって始まっているが、1980年代以降は中南米出身の移住家事労働者も増え、2007年創設のNDWAは、そうした新しい家事労働者層を含めた組織として注目される。

NDWAディレクターのアイジェン・プーは台湾系2世、労働運動のアクティビストだ。NDWAは団体交渉権をもたない家事労働者の状況改善のために、一方では州ごとの「家事労働者権利章典」の制定運動を、他方では雇用主に公正な雇用契約を結ぶよう啓発活動を行い、「フェア・ケア誓約」キャンペーンで政治家(クリントン夫妻など)やパーソナリティの支持や垂範的な誓約参加を得るなど、メディアの注目を集めている。

2017 年に#MeToo運動が台頭すると、NDWAも、メリル・ストリープはじめ有名女優ら、ならびに労組・市民団体と連携して、家事労働者を含む低所得層労働者のセクハラ被害者法的支援基金Time’s Up(もう時間切れ)を創設するなど、ここでも映画界のアピール力を利用した、巧みなメディア戦略を展開してきた。昨年からは州レベルでの実績に基づいて、連邦レベルでの家事労働者法制定に向けた次の運動段階に入っている。

さらに、NDWAはパーティシパント・メディア社と協力して、「ローマ」の上映会を12都市で実施し、家事労働者だけでなく、雇用主家族を招いて討論会を開くことで、同法案のための世論喚起、そして家事労働者の権利保障問題への啓発を推進中である。

上映会はメキシコでも開催されている。プロモーションに参加するメキシコの家事労働者支援・訓練センター(CACEH)の創設者マルセリーナ・バウティスタは、クレオと同じオアハカ出身の家事労働者である。14才から働き始め、長い労働経験の末、CACEHを創設した彼女は、「『ローマ』はわたしたちを団結させる」と題した文章をエル・ウニベルサル紙に寄稿している。やっと家事労働者を感情が通った人間として描く映画を観ることができたと感動を記した彼女は、「感情やノスタルジアをこえて、わたしたち家事労働者の権利について語っていかなければならない」と述べている。

ヴィルマン庭園の一角で見つけたグラフィティ
ヴィルマン庭園の一角で見つけたグラフィティ。「つまるところ人種はひとつしかない。それは人類だ」(ジャン・ジョレス):筆者滞在中のパリで、2019年3月

メキシコの家事労働者は240万人程度、就労人口の4.2% にのぼる。しかし、一般労働者の労働時間の上限が1日8時間であるのに対して、家事労働者は12時間であり、差別的処遇が残ったままである。家事労働者の処遇平等を定める労働法典改正、またILOの家事労働者条約(189号条約)の批准を求める運動にとって、映画「ローマ」は重要なメディア資源となりつつある。

家事代行サービスの労働者、「外国人家事支援人材」と呼ばれる国際戦略特区の移住労働者、保育労働者、あるいはまた個人家庭を訪問して要介護高齢者や障がい者を日常的にサポートする訪問介護労働者——近年わたしたちの身近でもケア労働の伸長が著しい。日本での主流は住み込みではなく、パートを含む賃金労働者である。問題状況に違いはあるが、「家事使用人」が労働法の適用外となっていること(労働基準法第116条2項)、劣悪な労働条件、ケア労働者と利用者家族との関係といった共通の課題もある。

移住労働者の受入れが拡大するいま、ケア労働者を取り巻く環境はさらに複雑さを増しているが、映画「ローマ」と米墨の社会運動の展開は、ケア労働者の処遇改善を考えるうえで重要な参照点となるだろう。

 ヴィルマン庭園の空。遊ぶ子どもたちと見守るヌヌ(乳母)たち:滞在中のパリで筆者撮影、2019 年 3 月
ヴィルマン庭園の空。遊ぶ子どもたちと見守るヌヌ(乳母)たち:滞在中のパリで筆者撮影、2019 年 3 月

参考資料

(1) Marcelina Bautista, “‘Roma’ nos une,” El Universal, 05/12/2018.
https://www.eluniversal.com.mx/articulo/marcelina-bautista-bautista/nacion/roma-nos-une

(2) NDWA の映画「ローマ」キャンペーン・サイト
https://roma.domesticworkers.org

(3) アイジェン・プー、映画「ローマ」キャンペーンを語る
https://www.wnyc.org/story/ndwas-roma-campaign/

 

[画像出典]

  • 滞在中のパリで筆者撮影、2019 年 3 月
  • 「ROMA/ローマ」オリジナル・サウンドトラック(SICP6088、ソニー・ミュージックエンタテインメン ト)
  • 筆者滞在中のパリで、2019年3月

いとう るり   国際社会学、国際移民の社会学、グローバリゼーションとジェンダー

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