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何があっても 小林麻里

飯地のソーラーパネルはもう充分だと私は思う。中小規模のものであってもこれ以上は建設してほしくない。初めて飯地に来たときに、7年間暮らした福島県飯舘村にも似たこの町の景観が一目で気に入って、ここに来ようと決めた。この景観が無機質なソーラーパネルによって台無しになるのは耐え難い。
間伐されず荒れ果てている人工林であるとしても、そこにはいのちの世界がある。けれども、樹木をすべて伐り倒し、整地して、砂利や除草シートを敷き詰めた上にソーラーパネルを設置してしまったら、もうそこはいのちの気配が全く感じられない死んだ場所になってしまう。そのことも耐え難い。
国策だから、合法だからと設置業者は言うけれども、これは暴力以外の何ものでもないと私は思う。こんなことをこの美しい山里の町で平気で行えるとしたら、それは狂気であるとすら思える。狂気に呑み込まれ、翻弄され、傷つけられるのは、いつも私たち一般住民だ。どうしてこんなことが許されるのだろうか。

杉之沢の住民にとってはもっと切実な問題だろう。最も懸念されるのは、山の保水力の低下による水不足、水質悪化、豪雨時の山の崩落、濁流の流入などの土砂災害の危険だ。使われなくなった後にそのまま放置される可能性も否定できない。生活環境の激変による精神的な被害は計り知れない。
移住者受け入れに力を入れている飯地町にとっても大きな打撃となるだろう。移住者の多くはソーラーパネルだらけの町をわざわざ選んで来るようなことはしないだろうから、これまで順調に増えていた移住者が来なくなることは必至だ。

杉之沢地区の田園風景の写真
メガソーラーが計画されている杉之沢地区の田園風景

昨年末、この問題が明るみに出た直後、反対の意志を表明した町民数名が、「飯地町の豊かな自然と安心して暮らせる環境を守る会」という会を立ち上げて、町内外で署名活動を展開した。すると協力者が次々現れ、あっという間に町民(未成年者と施設などに入所している高齢者を除く)の8割近くの反対署名が集まった。

杉之沢地区より建設反対の意向表明を受け取った飯地町自治区協議会は、協議の結果「飯地町杉之沢地区に現在計画されている大規模太陽光発電施設ならびに今後計画が予想される大規模太陽光発電施設については、容認できず断固反対する」旨を決議し、恵那市長と市議会議長宛てに「意見書」を提出した。合わせて「守る会」からは、町民人口を上回る1,031筆(飯地町民352筆、その他679筆)の反対署名も提出された。意見書については建設に関係する事業所5社へも送付された。

飯地町のある恵那市の「恵那市太陽光発電設備設置に関する条例」は、設置業者は住民説明会を3回行い、周辺住民の同意を得ることを定めている。けれども、条例によって建設を止めることは難しい。もしも恵那市が条例に基づいて建設を許可しないとしても、裁判を起こされれば、国の認定を受けているという理由で恵那市が負ける可能性が高い。
建設を計画している地元の会社(A社とする)は全く怯むことなく、水面下で粛々と事を進めていると、守る会の人たちから聞いた。

A社にとって、放置された人工林を伐採しメガソーラーを設置して稼げるようにすることは、非常に真っ当な事業なのだ。A社はメガソーラーで得た利益の一部を町に寄付すれば、地歌舞伎の芝居小屋周辺の整備や神社の屋根の修理など、人口減少による財政難のために実現することが難しい事業に役立てることができると吹聴している。それが彼らの正義なのだ。

都会からの移住者は、穏やかな山里の景観に惹かれ、その自然環境の中で暮らしたいと自らこの地を選んで来る人がほとんどだ。だから、当然のこととして、景観を破壊するメガソーラーには反対をする。ところが、町民に話しを聞くと必ずしもそうではないことがわかった。A社が信用できないから反対なのであって、別の会社だったら賛成したかもしれないという人が少なからずいるのだ。
A社は以前から土地を巡って住民との間に様々な摩擦を生んできたと、何人かの町民から聞いた。数年前にメガソーラーのための土地の取得に乗り出して以降は、更に溝が深まったようだ。

看板のある風景写真
看板のある風景(杉之沢地区)

飯地で代々暮らしている人、周辺地域からお嫁に来た人などの中には、好きで飯地で暮らしている訳ではなく、もっと便利な都会で暮らしたかったと思っている人も少なからずいる。そういう人たちにとって、山里の環境は、雑草や虫や野生動物たちによって生活を脅かす、迷惑なものですらある。
彼らに自然を愛し守らなければならない義務はない。この経済至上主義の世の中で、自然ほど経済活動を妨げる存在はない。自然と相対する暮らしは手間隙がかかり、非効率的なことだらけだ。だから、開発によって自然が失われることにさほど抵抗を感じないのだ。

もちろん、大変な労力を使って田畑や山林を手入れしている人々はたくさんいる、ここ飯地にも。そういう人々の弛みない努力のおかげで、美しい里山の景観は保たれている。頭が下がる思いだ。

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