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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート その3 堀切和雅

終わろうとする8月のどかんと晴れた日。
街路にはキラキラ、いろんな色や光の破片が眩しく降りそそぐ。
流れる汗だか何だかに口を塩辛くしながら僕は駆ける。

着くと「ご主人手伝って!」と陽子の肩を支える役になり、彼女の上半身を腋から支えてあれれれ、立ち会い出産になってしまった。
血とかナマナマしいことにきわめて弱い僕は出産の時には廊下で祈るだけにしようと決めていたのに。だけど水の中からスーッと泳ぎ出て妻の胸に抱きとられた響と名付けられた子、その姿を見た瞬間、体験したこともない光がそこら中に溢れた。

そこにいられて、よかった。

深夜、産院の布団に眠る妻と響をのこして、ステーキを喰いたいというふだんあまりない気分に突如襲われた僕は開いているレストランを探しまわる。ふと足を踏み入れた路地裏にいつの間にかできていた、わけのわからないけっこう高そうなアフリカ料理の店にステーキに似たものがあるのを確かめ、重めの赤ワインをフルボトルで注文する。

親になったのだ。祝おう。

予定されていた、いや、予感されていた以上の幸福の酔いが続いたのは、しかし3日間だった。4日目、響は抑えようがないほど激しく泣き叫び続け、そのあと「すうっ」と静かな目になり、意識があるのかどうなのかも判然としない。
声も無く、ミルクも糖水も受けつけない。その状態で、夜になり朝が来てまた夜が来て、40時間以上が経ってしまう。

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