春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート その6 -2
障碍児者支援についての考え方も制度も、長い前史を足場にししかしいよいよ急激に、変わって行かざるを得ない。障碍児者が増えているというのはもう、目の前の事実であり必然的なことでもあるから。
ダウン症と分かったからと言って妊娠中絶の方法を探る、というのはもはや最も普通の考え方ではない。生まれて、もし心臓など別の器質的障害が合併している場合でもその救命率は上がった。長期に生きられる人が増えている。
超未熟児とも言われる子たちの救命もそれこそ響も入った NICU や周産期医療の精緻化によって可能性がどんどん高まってきた。
ただ、発達早期にダメージを大きく受けることで、何らかの障害を持つことになる人も多くなっている。難病を持って生まれる子にも、場合によっては長い生存が可能になってきている。
響の場合はミトコンドリアが関わる解糖系が充分機能せず、細胞が働くための生体エネルギー(究極的にはそれは僅かな電位差の形をとる)が足りないということなので、大きくは代謝障害ということになる。
代謝障害にも実にさまざまあって判明しているものだけでも数え切れないほどだが、遺伝子異常や、それを転写していろいろなタンパク質をつくるための、今はよく知られるようになったm-RNAなどの異常に起因するものが多い。
だから治す方法はあまりない。
何しろ60兆ともいわれる全身の細胞の DNA や RNA のそのまた砂一粒のような一部分を、ピンポイントで全部入れ換えるなんて、とてもできそうにないでしょう。
代謝とは、昔から新陳代謝と気軽に言及されるように日常的な言葉だが、それは言うまでもなくとても重大な、生の本質に関わることなのだ。
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