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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート 堀切和雅


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幼稚園での響  ③

 

(角井先生の話、続き)

「朝から、子どもたちは、今日は私が、僕が響ちゃんの隣でお弁当食べる、って予約するんですよ」

──お弁当に手を突っ込まれるかも知れないのに? ありがたいなあ。

「暴れぶりも、今のところみんなに許容されている。響ちゃんって何か、人を優しい気持ちにさせるんですよね。私自身も含めて。それと彼女は、新しいことを見つけたがる子で、冒険心がすごいですね。怖さを知らないというか……それと、言葉や動きのまねがうまいですね」

──響の発達を見てくださる心理の先生なども、「この子の中から出てこよう、出てこようとしているエネルギーがある」「外界に対する関心が強い」とかおっしゃるんです。それが幼稚園で爆発してるんですね。

「登園がたまに遅くなると、普段女の子のことを口にするなんて想像できないやんちゃな男の子が、『響ちゃんは?』なんて言う」
「響ちゃんが休みだと私も淋しく感じます」。
坂本先生も言う。

角井先生は、
「響ちゃんがいることは、他の子の、人を助けたい気持ち、協力する心を引き出しています。他の子のためになっている。『響ちゃんが特別扱いされている』という風には思ってほしくないですね」

僕としては、このところ確固となりつつある「少なくとも就学前はどんな子も一緒にいた方がいい」という考えがさらに補強された思いだった。

夜、角井先生から、言い忘れたこと、として電話をいただいた。

「ネガティブな面も、とおっしゃったので思いだしたんですが、ある子がお母さんに『響ちゃんのよだれがきたない』と言ったそうです。お母さんは怒って、『自分の子をなぐってやりたい』とおっしゃってました。子どもは、幼稚園ではいい子をとりつくろう、というところもあるんですね」

真実の深さを思わされる話。そしてそれでいい、と思った。
その子はもちろん葛藤を持ちながらも、やがて響に慣れてくれるだろう。環境が、支えているから。優しい芯のある人たちに囲まれていれば、子どもは勁く優しく育つはずだ。

「響ちゃんはほんとに独自の好奇心があって、私にとっても面白い。一緒にいて癒される子です」
角井先生はそう結んだ。

「続・歩くように 話すように 響くように」連載第50回より再録


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