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春 待つ こころ 障碍の児の思春期、ノート 堀切和雅


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よく生き、よく活かす

地域の中にひとつの学校があって、そこにいろいろな子がいるのがいいと思う。子どもは自分が、みんなが暮らしている場所についてもよく知るのがいい。
障碍が重く、医療的ケアが必要な子どもは多くの場合養護学校(現在の呼称は特別支援学校)を選択することになるが、地域の「普通」学校の中に養護学校の機能が含まれていれば、その子たちの日常は守られる。そして他の子どもたちと引き離されない。

書いてきたように、就学前のたいていの子どもは、相手に「障碍」という枠をはめる前にまず興味をもち、あるいは友達となる。この順序が大事だ。そして教科学習での競争が始まる小学校になっても、その先に行っても、かつて友達になった障碍の子がそばにいる、見える、というのがいい。

なぜそう思うようになったか。

教科学習の中で、見かけは均した条件下、課題遂行の様子が観察され、計られ採点される。そして成績という呼び名でまとめられ相対評価が決まる。価を評するというのだから子どもにも決定的なことだ。
能力差をあまりに重要視する発想が、慣習が子どもたちをも浸してしまうだろう。

実にいろいろな能力というものがあるはずなのだけれど、そのような学習の場では「求められたとおりに機能する」能力だけが能力であるという、誤った認識が生じやすいのではないか。ここでは、成績を上げることが「機能する能力」ということになる。
進学していっても、もちろん社会人になってもこの構図は変わらない。むしろ強まる。

この社会は能力主義です、そうでないと世界的競争に敗れるぞ、となり、現実にその通りなのだが、現実もまた多様でありうるはずだったのだ。「この現実」で優れて機能するわけではない人もことも在ることを認め、扶け合いながら生きられれば、関係性から切り離されて部品のように人が値踏みされることも、いくらか減るかも知れない。
だとしたらそれは広く深い、変化につながりうる。

医療や療育、そして就学前保育・教育の場面--思えば、響がただ響として受け入れられる場を探しながら僕ら家族はこの数年をすごしてきた。

言葉はたどたどしく、ふらつき転びながら歩く。熱を出せば入院、恢復できるかどうかは毎回が賭け、そもそも生存していくこと自体に困難をもっている。
けれども。
幼稚園でも響は、喜びを爆発させるように生きているという。世界が楽しいところだと、彼女は感じているらしい。
そこでは響がよく生きることが、友だちの心にもよく活きているようだ。その繋がりは往復し循環し、輪のような場になって、いつも動いているからこそ保たれているのかも知れない。

こんなことも、響という子どもが僕らの腕の中に現れなければおそらく、考えてみることはなかった。

 

「続・歩くように 話すように 響くように」連載第60回より再録

―つづく―


ほりきり かずまさ はじめ編集者、つぎに教員になり、そうしながらも劇団「月夜果実店」で脚本を書き、演出をしてきた。いまや劇団はリモートで制作される空想のオペラ団・ラジオ団になっている。書いた本に『三〇代が読んだ「わだつみ」』『「30代後半」という病気』『娘よ、ゆっくり大きくなりなさい』『なぜ友は死に 俺は生きたのか』など。

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