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フラーマミーが行く! 望月えりか

アイルランド音楽が熱い夏

アイルランドは伝統音楽が盛んなことで知られています。伝統音楽とダンスを現代風にアレンジしたリバーダンスは、日本でも人気があるのではないでしょうか。アイルランド音楽の世界ではミュージシャンを本職とするプロがどんどん生まれ、英語圏を中心に世界中をツアーしています。アイルランドの地域によっては、人々の暮らしに根づいた伝統音楽、歌やダンスが豊かな地方文化として息づいています。
私が普段接しているのはもっぱらこちらの音楽で、夫のパットさんも私もフィドル(ヴァイオリン)でアイルランドの伝統音楽を演奏します。

アイルランド西部、クレア州はとりわけ伝統音楽が盛んなことで知られています。
私の暮らす東クレア地域に伝わる音楽の歴史も長く、今でも世代を越えた地域の人々に親しまれています。その様子は拙著『見飽きるほどの虹』で詳しく触れていますが、バスの運転手さんがダンスの名人であったり、近所の農家のご主人がアコーディオンの名手であったりするのです。私たちの暮らしに寄り添うように、当たり前にこの地に横たわる音楽。これが、今の私にとって最も大切で愛すべきアイルランド音楽の姿です。

ホームパーティーの様子の写真
ホームパーティーは、いつもたちまちセッションに。 撮影・筆者

音楽に囲まれて育つ我が子どもたちも、地域で伝統音楽を学んでいます。楽器は2人ともフィドル。息子はこれに加えティンホイッスルという縦笛も数年習っており、ずいぶん上手になってきました。毎週のレッスンに加え、数か月前からはとあるグループ練習もはじまり、忙しい日々を送っています。
このグループ練習は競技会に出るためで、「ケーリーバンド(céilí band)」と呼ばれるスタイルのバンドです。もともとダンサーたちのために音楽を演奏する専門のバンドのことで、子どもたちの通う音楽スクールの中からメンバーが年齢別に選抜、編成されるのです。
アイルランドでは、毎年夏にフラー(Fleadh)と呼ばれる大きな競技会が開催され、楽器別のソロやデュエット、歌、ダンスなど実に多くの部門でコンペティションが行われます。
ケーリーバンドは、中でも大変人気のある部門のひとつなのです。

フラーは1950年代から続く歴史ある音楽の祭典です。昔は腕試し大会に近いお祭りで、アイルランド全国から我こそはとやって来るミュージシャンたちが競って音楽を披露しました。デジタル技術が今ほどなかった当時、地域ごとに異なる演奏スタイルを持つ名人たちが一堂に期するのですから、これ以上の娯楽はなかったはずです。
今や、フラーはアイルランド音楽を母体にした世界最大のイベント。毎年世界中から何十万人という人々が訪れ、開催地となる町や州も大型の予算を組んで臨む特大イベントです。開催地の町にとっては、これ以上にない地域活性のチャンスなのです。

フラーの期間中の写真
フラーの期間中は通りが人で埋めつくされる。
2016年クレア州エニス 写真・出版舎ジグ

どの部門も大変な盛り上がりですが、子どもたちのコンペティションを取り巻く熱気は相当なものです。特に、我が子を後押しする親たちの期待は時に目に余るほど。子どものためじゃなくて、自分のためにやってない?と疑うほどの勢いです。ひとたび会場に足を踏み入れると、私などは場違いな気さえしてどうも落ち着きません。ソロの部門に毎年挑戦するも上位に入れず、トイレの中で泣いている女の子。そんな娘を懸命に説得する母親。
うーん? 音楽って、喜びを与えてくれるんじゃなかったの?

子どもたちのコンペティションに夢中になってしまう母親のことを、私の周りでは冷やかし半分に「フラーマミー」と呼びます。毎週車で子どもたちの練習につきあい、忙しくしている私を見て、義弟があざけるように「エリカも正式にフラーマミーになっちゃってさっ」などと言うのです。明らかに蔑称だよね、ジョン?

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