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さ よ な ら は 言 わ な い

− 相模原施設殺傷事件の死刑判決とある障碍当事者の声 −

岩下紘己

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早いもので、上田要(もとむ)さんの自立生活介助を始めてからもう3年が経った。自立生活とは、障碍者と呼ばれる人たちが施設や家族のもとから出て地域で暮らす営みであり、運動でもある。私は毎週火曜日、夜19時に上田さんの自宅に行き、食事、掃除、洗濯、移動から排泄にいたるまで、生活に関わるあらゆることを介助してきた。上田さんは生まれて間もなく脳性麻痺を抱え、今では首から下が動かない。

外は今にも雨の降りそうな重たい雲が立ち込め、夜の闇を一層深めていた。街灯が濡れた路面をぼんやりと照らし出し、まばらな人影がその上を通り過ぎてゆく。桜は溢れんばかりの花を咲かせているのに、空気はじっとり冷え込み、部屋の中ではガスヒーターが唸りを上げていた。

ベッドで横になっている上田さんの傍に座って窓の外を眺めていると、想い出が浮かんでは消えていく。そういえば、上田さんに恋愛相談をしたこともあった。彼女を紹介し、何度も一緒に杯を交わした。友人の何人かは、常に人手の足りない上田さんの介助に入ってくれるようになった。私たちは「わ(輪)になろ」というグループ名を付けて、ご飯を食べたり遊びに行ったりした。大学の卒業論文として上田さんのライフヒストリーをテーマにしたいと、唐突なお願いをしたこともあった。上田さんは快く承諾してくれた。その後半年に渡って、私は上田さんの人生の歴史に耳を傾け続けた。つい先々月、それをまとめ終えたばかりである。

この日は上田さんの介助に入る最後の夜だった。私はあと1週間ほどで、生まれ育った東京から大阪へと旅立つ。

最後に一つだけ、聞いておきたいことがあった。津久井やまゆり園事件のことである。植松聖(さとし)被告に死刑判決が出た。上田さんは事件について、判決について、どう思っているのだろうか。曲がりなりにも介助者として自立生活に関わってきた者として、聞いておかなければならないと思った。

正直、尋ねるのはかなりの勇気が必要だった。なぜだろうか。あの事件が、上田さんのように障碍者と呼ばれる人たちの社会的現実を、私のように健常者と呼ばれる人たちの差別意識を、あまりにも鮮明に浮き彫りにするからだろうか。あるいはあの事件が、障碍者と呼ばれる人たちの心の傷をさらに抉ったことを、直感的に理解するからだろうか。

大きく息を吸い込んだ。そして尋ねた。息を思いっきり吐き出すときに自然と声が漏れ出たかのように。

「あの、上田さんは、津久井やまゆり園事件のこと、どう感じているんですか」

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