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さ よ な ら は 言 わ な い

− 相模原施設殺傷事件の死刑判決とある障碍当事者の声 −

岩下紘己

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特にこれからの社会って当然、高齢者がどんどん増えていくわけですよ。植松流に言うと、心失者になるわけですよ。そう言う高齢者に対して、お前死んでもいいよ、殺してあげるよと言えるのかと、社会に改めて聞いてみたい。

生産性も当然ないわけで、邪魔者になるわけですよ。ただ生まれたときからの障碍者と、高齢になってからの認知症、どこが違うの?現実的には完全に同じだからね、状態は。障碍者と、認知症の高齢者と。

コミュニケーションが取りづらい(あえて、取れないとは表現しない)、生産性のない邪魔者とされるという点において、認知症も障碍者(身体/精神/知的)も立場を同じくする。果たして彼らをいらない存在として社会から切り捨てていいのか。

そこを含めてさ、命ってなんなのか、生きるってなんなのってことを、問いかけていかなきゃいかんだろうなと。障碍者が人間として当たり前に生きていける社会こそが、みんなが幸せに生きていくベースになるだろうと、思います。

なぜ私たち健常者と呼ばれる人たちは、障碍者と呼ばれる人たちを「いらない存在」とみなし、施設へと隔離・排除するのか。決して人ごとではない。身近な人が、自分自身が、いつ、いらない存在という立場に置かれるのか誰もわからない。逆に、私たち健常者と呼ばれる人たちは、自分自身の生きる意味、存在価値をどこに置いているのか。それはなぜだろうか。

「現在の時が、未来に期待されている結果のうちにしかその意味を見出せないほどに貧しく空疎となる(真木悠介、前掲書、p.315)」現代社会の中で、あるいは誰もが息苦しさを覚えているのかもしれない。

そんなことをぼんやりと考えていたら、上田さんに返答することも、録音の停止ボタンを押すことも忘れたまま、時計の針だけが進んでいた。「すみません!」我に返った私は慌ててボタンを押した。一息ついてから、「ありがとうございました」と頭を下げた。

「お茶 く だ さ い゛」
はい、私は濃いめの紅茶が入ったコップを上田さんの口元に近づける。上田さんはコップから顔を出しているストローの端をパクッと咥え、勢いよく吸い込んでいく。あっという間に飲み干してしまった。なんとも気持ちがいい。

「もう11時過ぎちゃいましたね」
「な ん か メール 来 て る」
「じゃあiPad見ますか」

インタビューの時間が遠ざかり、いつも通りの夜の時間が戻ってくる。メールを見たり、Facebookを見たり、ニュースを見たり、会話をしたり。0時過ぎ、上田さんは寝支度を始める。薬を飲み、膀胱からビニール管を通ってパックに溜まった尿を流し、入れ歯を外し、カーテンを閉める。

「おやすみなさーい」そう言って部屋の電気を消した。「お゛ や す み な゛ さ い」と返ってくる。週に一度、もう何度聞いてきただろう。そしてもう当分耳にすることはない。

私も寝支度を終え、上田さんの眠るベッドと隣り合わせにマットレスを敷く。その上に広げた寝袋にもぐり込み、目を閉じた。

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