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さ よ な ら は 言 わ な い

− 相模原施設殺傷事件の死刑判決とある障碍当事者の声 −

岩下紘己

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自らの存在を、生の意味を、「日本は滅びる」というその抽象化された未来へと見出すほかなかったのは、なぜなのだろうか。真木悠介は先にあげた著作の中でこう論じる。

われわれの未来が有限な具象性のうちに完結する構造を喪い、抽象化された無限に向かって生の意味づけが上すべりしてゆくということは、もともと、われわれが現在の生それじたいに内在する意味の感覚を喪い、したがって生きられる〈時〉それぞれが固有の充足を喪うということにもとづいている。(p.315)

先に、人と出会うよろこびについて、それこそが生きている実感を与え、今という時を満たしてくれるということについて述べてきた。植松被告の一連の孤立化は、「現在の生それじたいに内在する意味の感覚」からの疎外ではなかったか。「日本は滅びる」という予言への執着が完成されることはない。「抽象化された無限に向かって生の意味づけが上すべりしてゆく」ことは、容易に、私たちを〈死の恐怖〉および〈生の虚無〉から成るニヒリズムへと陥れる。

存在の意味が、つねにそのあとにくる時間に向かって外化されているとき、ひとはつぎつぎとより遠い未来の視座から現在をみるということになる。するとどのような未来のはてにもそのさきにはかならず死があるのだから、存在の意味も生きる事の意味も総体としてはむなしいということになるのは、いわば論理の必然である。(p.6-7)

存在、すなわち出会いによって満たされるべきものが、時間、すなわち未来によって満たされることはない。

今という時を満たしうる、人との出会い。それは決して永遠ではない。やがて別れが訪れる。しかし私たちはそのことを必要以上に嘆かなくていい。その出会いを忘れ去ってしまうのではなく、胸に抱き続ければいい。さよならは言わなくていい。

植松被告には、さよならを言える誰か、さよならを言ったら自分自身が少しだけ死んでしまうような誰かは、いたのだろうか。胸に抱き続ける誰かが。あるいは、誰とも出会えなかったのだろうか。

存在のうちに喪われたものを、ひとは時間のうちに求める。けれども時間はわれわれをただべつの存在へとみちびくだけだから、存在のうちにわれわれが見出すことを拒んでいるものを、時間が与えてくれることはない。(p.316)

勝者など誰もいない。文字通り、誰もが闇から闇へと葬られ、やがて忘れ去られていく。そして変わらず社会は回っていく。あまりにも悲しすぎる。あまりにも。

外は久しぶりに雨が降っていた。傘を開き、マンションを後にする。立ち止まると、傘に雨粒の当たる音だけが聞こえてくる。足元の水たまりには無数の波紋が広がり、重なり合っている。湿った空気を胸いっぱいに吸い込む。上田さんとはきっとまた会えるだろう。大きく息を吐き出し、再び一歩を踏み出す。

さよならは言わない。

 

関連情報〜おしらせ

 

※ 本稿では「障がい」が個人に「損なわれたもの=害」があるのではなく、社会に「妨げるもの=碍」があるという視点から、「障害」ではなく「障碍」と表記した。引用部分に関しては、そのまま手を加えずに表記した。

 

参照資料

  • 朝日新聞, 『実名か匿名か、揺れた家族 やまゆり園事件、あす判決』, 2020年3月15日朝刊
  •  ―――『母「息子を返して」 家族陳述で名前呼ぶ人も やまゆり園公判』, 2020年2月12日夕刊
  •  ――― 『障害者標的、根深い差別意識 被告「役に立ちたかった」 やまゆり園事件8日初公判』, 2020年1月6日朝刊
  •  ―――『(盲信 相模原殺傷事件)第2部:8 事件前年、過激になる言動』, 2020年3月5日朝刊
  •  ――― 『(やまゆり園事件裁判 法廷から)ゲーム根拠に「日本滅びる」 被告人質問』, 2020年1月29日刊
  • 東京新聞, 『園での勤務経験が影響か 相模原殺傷公判 植松被告が主張』, 2020年1月28日朝刊
  • 毎日新聞, 『相模原の障害者施設殺傷:容疑者、2月に言動一変 障害者敵視強める』, 2016年7月28日夕刊
  • ―――『論プラス:相模原・障害者施設殺傷 見逃されたサイン=論説委員・野沢和弘』, 2016年9月20日朝刊
  • ――― 『凶刃:障害者施設殺傷事件1ヵ月/中(その2止) 対極、二つの顔 目標「教師か彫り師か」』, 2016年8月27日朝刊
  • 毎日新聞地方版/大阪, 『相模原の障害者施設殺傷:障害者殺害を予告 容疑者、施設名指し 異常な偏見 衆院議長へ手紙』, 2016年7月27日朝刊
  • E. ゴッフマン,『アサイラム:施設収容者の日常世界』,石黒毅訳,誠信書房,1984年
  • 真木悠介, 『時間の比較社会学』, 岩波書店, 2003年
  • レイモンド・チャンドラー,『ロング・グッドバイ』, 村上春樹訳, 早川書房, 2007年
  • YAHOO JAPAN ニュース, 『相模原事件裁判の被告人質問で植松聖被告が語った証言の気になる点』, 2020年1月26日,
    https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20200126-00160441/, 2020/4/9アクセス
  •  ―――『「控訴取り下げには両親も反対した」相模原事件・植松死刑囚が面会室で語った』, 2020年4月1日,
    https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20200401-00170968/, 2020/4/9アクセス

いわした ひろき 立命館大学大学院人間科学研究科修士課程在籍

出版舎ジグからのおしらせ

 

上田要(もとむ)さんは団塊の世代。
岩下紘己さんは今春大学を卒業したての若者。

あるきっかけで上田さんと出会った岩下さんは、週1回の泊まり介助者として
上田さんのもとに通い、やがてその人生を聞き取っていくことに。
生まれた家、家族や学校、広島での施設入所経験、健常者願望を経て知った障害者運動、支援者との出会いと別れ、東京での自立生活。他者へ地域へとひらいていく上田さんの生きてきた時間。それを聞き取る岩下さんの時間、ふたりが共有していく時間。

さまざまな時間がながれ、聞きとられ書きとられた言葉は、ちょっといい卒論になりました。出版舎ジグから書籍化します。現在、鋭意編集中です。

『モトムのあるべき姿を求めて(仮)

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