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ワリピニ通信 菊池木乃実

コロナの夜明け と どんでん返し

こうして、日増しに増える感染者の数と次々に打ち出される対策に、落ち着かない日々を過ごした。4月1日、2週間ぶりに買い物に行くと、村に入る手前に警官と兵士が駐在していて、どこに住んでいるのか、どこに行くのか尋ね、体温をチェックされた。風邪を引いているわけでもなく、熱もなかったが、体温計を額にかざされている間は、胸がどきどきした。食料品店に行くと、店の外には人々が1メートル間隔を開けて列を作っていた。小さな店では、店の入り口にカウンターを置いて、店主がカウンターで対応し、客は店の中に入れないようになっていた。また、スペースのある店は、一度に4人までと制限して、人々が距離を取るようにしていた。人々はみな、落ち着いて緊急事態に対応しているように見えた。

アイセン州は、チリと直接道路でつながっていないので、これまでは、生活が不便だ、産業が発達しない、住民の生活の質が上がらないなどの不満が多くあった。ところが、人々の間では、「もともと、隔離されていたのが、よかった」という意見が多く出始めた。タクシーの運転手など自営業の人たちは、収入が激減したが、閉鎖を解除して経済を元に戻そうと言う人は皆無だった。逆に彼らは、「感染するのが怖いので外出したくない。仕事をしなくてもいいように補助金を出してほしい」と抗議行動を起こした。(

一方、隣のマガヤネス州では、感染者と死者が増え続けた。マガヤネス州には、世界的に有名なトレデルパイネ国立公園があり外国からのクルーズ船が頻繁にやって来ることもあって、最初の感染者が確認された時点ですでにコミュニティー感染が広がっていたのだという。政府はマガヤネス州を閉鎖したにも関わらず、感染者は増え続け、このままでは、病院のキャパシティーを越える恐れがあると医者は警鐘を鳴らした。(

これを受けて、アイセン州は、17日にマガヤネス州からの感染が広がることを防ぐため、マガヤネス州から来る定期フェリーをストップした。()さらに、24日、州内では、公共の場所ではマスクを着用することを義務付け、住民にマスクを手作りで作るように呼び掛けた。(10)翌25日、買い物に行くと、店で働く人たちもマスクと手袋を着用し始め、特に客の出入りの多いガソリンスタンドに併設されたスーパーでは、レジに透明の仕切りを取り付けて、飛まつ感染しないようにしていた。

そのような独自な対策を取ってきた効果があって、アイセン州での感染者は7人、死者はゼロを維持している。感染者は全員回復しており、4月5日以来、新しい感染者は出ていない。他の地域では、感染者が増え続けている中で、(4月27日現在、感染者13813人、死者198人)なぜ、アイセン州だけが特別なのかと質問されて、コヤイケの市長はこう答えていた。「住民のおかげです。彼らが道路をブロックして抗議し、厳しい検閲を設けるように要求したことが大きく感染拡大の防止に役立っているのです」(10)それはまさにその通りで、自分たちの権利のために立ち上がる意志の強いコミュニティーに住んでいることを感謝せずにはいられなかった。

外の世界が、刻一刻と変わっていく中、私たちの生活も変わって行った。自宅に居ながら、コミュニティーをヘルプできる方法はないかと考え、去年の今頃は、手作りビネガーや発酵食などのワークショップを頻繁に開いていたが、それはできなくなったので、オンラインでやろうと思いついた。そこでPaul and Konomi’s GardenというYoutube チャンネルを作った。(11)

まず、手作りリンゴ酢のワークショップを無料でライブ配信してみた。発酵食は、免疫力を上げるのでタイムリーなトピックだ。スペイン語と英語で配信してみるとこれがなかなか、好評だった。続いて、パタゴニアでの持続可能な暮らしについて、日本語と英語でライブ配信した。また、ちょうど、こちらは秋で、種の収穫の時期なので、トマトやケール、ニンジンなどの種の取り方を紹介する動画を3か国語でアップした。面白いことに、自主的に外出を制限して、外の世界が収縮すればするほど、内側の創造力は拡大していくようだった。

一方、ポールは、「この危機を乗り越えた時に、どんな世界が待っているか、どんな世界を作りたいかということを話しておくことが大事だ」と思いつき、世界各国にいる友人のアクティビストたちにライブでインタビューをする「Corona Chat – Where do we go from here?」(コロナ・チャット。私たちかこれからどこへ行くのか?)というシリーズを始めた。アイルランド人の平和活動家フィアクラ、ドイツ人でフィリピン在住の環境活動家マティアス、アメリカの環境・人権活動家アールなどに、現在の状況と、今後、世界はどう変わっていくかについてインタビューをした。

コロナ後の世界がコロナ以前の世界と同じように戻ることはないという点については、皆、同じ意見だった。特に興味深かったのはアールの意見で、「例えば、多くの人々は自分と向き合ったり、家族と過ごす時間が増え、自分にとって大切なことは本当はどんなことなのか、立ち止まって考える余裕ができた。そうすると、コロナ後の未来が、経済優先ではなく、地球環境を優先する形で変わって行ったときに、それを受け入れる余地が人々の心にできているのではないか」というのだった。

私も、彼の意見に賛成だ。人々は、立ち止まることを余儀なくされ、自分の人生にとって何が一番大切なのか、どんな働き方をしたいのか、どんな社会に行きたいのか、どんなコミュニティーに生きたいのか、考え、気づき始めている。コロナ後の世界は、そうした人々の集合意識が現実化するようなことが起こるのではないだろうか。

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