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いただきもの おすそわけ 山内明美 その2

牡蠣

真牡蠣のシーズンも佳境を迎える。三陸沿岸の冬の風物詩といえば、牡蠣だ。最近は、 太平洋側でも岩牡蠣を見かけるようになったので、夏でも牡蠣を味わえるようになってい るけれども、やっぱり牡蠣は、寒い季節に日本酒と一緒に生で、あるいは熱々の鍋でいただくのが風情と思う。

この牡蠣。漁師の側からすれば、大変に気を使う食材で、水揚げしてもすぐ出荷という わけにはいかない。毎日 200 リットルもの海水を飲んでいる牡蠣は 14 時間から 20 時間の 洗浄作業が必要で、牡蠣の体内を浄化し、貝毒(牡蠣による食中毒)の原因となる有毒プ ランクトンを除去した後、ようやく出荷作業に取り掛かることができる。宅急便で配送さ れても、4 日くらいは生きている。

牡蠣漁師の後藤清広さんと息子の伸弥さん
牡蠣漁師の後藤清広さんと息子の伸弥さん

生牡蠣の需要は少なくないといっても、海環境の影響で出荷自粛や停止になることもし ばしばだ。牡蠣を特産物とする三陸沿岸の漁師たちが美味しい生牡蠣をセールスしように も、大きなホテルや旅館ではリスクが高く、調理師も手を出しにくい食材のようだ。震災 後はなおさらだ。オイスターバーは数少ないが、そうした専門店でもない限り、生牡蠣に はなかなかお目にかかれない。結局、一番美味しい状態ではなく、スモーク牡蠣などの保 存珍味となる。

今年は貝毒が深刻で、岩手、宮城は牡蠣のみならず、ホタテ、シジミ、アカガイ、ホッ キなど軒並み貝類の出荷が見送られ、漁師は頭を抱えている。消費者にとっては、軒並み 価格が高騰している。このところの貝毒の発生要因には、三陸沿岸部の復旧工事が影響し ているのではないか、という専門家の意見もある。

海と関わりを持って仕事をしているのでもない限り、陸上で暮らしている人間が、海の ことを考えることはとても少ないだろう。けれども、毎日のように歯磨きをして洗面台に ペッ、ペッと吐き出す歯磨き粉にはマイクロプラスティックが含まれていて、海に流れ込 んでいる。しかもすべての家々から、毎日何度も。それだけ考えただけでもおぞましいけ れど、私たちの暮らしの残骸を、すべて海が引き受けていると言っても決して過言ではな い。さらに、気候変動による水温の上昇で貝類が死滅したり、酸化の影響で殻のカルシウ ムが溶けたり現象も起きている。沖縄の海では珊瑚礁の白化が止まらない。海洋学者の白 山義久先生の予測によれば、今後60年の間に、日本人は貝類を食べられなくなるかもし れないという。子や孫の世代の食卓には、シジミやアサリの味噌汁も、ホタテや牡蠣鍋も あがらなくなるかもしれない。

牡蠣のお味噌汁
牡蠣のお味噌汁は絶品だ。ひとつのお椀に10個くらい入っている。
これは牡蠣漁師の後藤家のふだんの味噌汁。大変贅沢です。

宮城県南三陸町の漁師たちは、大津波の後、海環境の改善のために養殖イカダを三分の 一に減らすことにした。

津波が来て、大きな犠牲を払ったけれども、海底に溜まったヘドロなどがかく乱され、 海が浄化されたことで、現在、養殖漁業は好転している。それまでは、湾の許容量を超え るほどまでに養殖イカダを広げ、栄養も酸素も足りない状況で、2 年、3 年育てても、牡 蠣やホタテ、ホヤが満足のいく大きさに成長できなかったのだ。

海に浮かぶ養殖棚の配置設計図
ちょっと見えにくいけれども、海に浮かぶ養殖棚の配置設計図。戸倉の漁師は、養殖棚の数を 震災前の三分の一に減らした。その構想図を、後藤清広さんは 200 枚も書いた。三陸には珍し いくらい寡黙で実直な漁師だ。

養殖イカダを三分の一に減らしたことで、「子どもの授業参観へ行けるようになった」 お父さん漁師の話も聞いた。震災後の漁師の気づきは、「獲れるだけ根こそぎ獲る時代は
もう終わったのだ」ということ。耕作面積を三分の一に減らすということだから、それは 大決断だった。漁師仲間からの反対もあったし、喧々諤々の議論だったという。

使えるだけ使う、儲かるだけ儲ける時代がすでに終わっていることを、原発事故以後の 私たちはもう気づいているはずなのだが、そう簡単に頭の切り替えはできないということ なのだろうか。

日本初の国際認証を取得した、南三陸町の”戸倉っこかき”
日本初の国際認証を取得した、南三陸町の”戸倉っこかき”

[画像出典]

  • 写真はすべて筆者撮影、2019 年 3 月 19 日

やまうち あけみ 日本学・地域社会学・歴史社会学

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