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いただきもの おすそわけ 山内明美 その4

にしんの山椒漬け

- 青葉山での採集暮らしとよそ者の《風土》-

予定していた田植えがなくなったので、実家から仙台へ帰る途中、登米市の柳津虚空蔵尊へ立ち寄ることにした。わたしは決して信心深い人間ではないのだが、母と一緒に寺巡りをするために、行きがかり上つくることになった御朱印帳に、「アマビエ様」をもらいに来たんである。ご住職の御朱印には、紙が一枚挟まっており「明けない夜はございません。」と書かれてあった。津波のあとも、こうした言葉を何度も聞いた記憶があるけれども、「ほんとうに明けるのかな」と素直に聞き入れがたい自分もいたりする。

ここまでは、ちょっと長い前置きだった。
わたしの普段の暮らしの場は、仙台市の青葉山なのだが、今日の話は、会津若松で知った「ニシンの山椒漬け」にたどりつくまで、あちこち話が飛ぶ。

学部から大学院へかけての足掛け2年間を、私は福島県会津若松市で暮らした。大学院へ進学するといっても、その先が見えなかった私は、働きながら「東北」の勉強を少しやってみようと思ったのだった。会津という場所は、「東北」の近代を考えるときに、一度は通過せねばならない場所だろうと思う。学部を卒業してからの1年と修士課程へ通いながらの1年を福島県立博物館の解説員の嘱託仕事をしながら過ごした。短い2年間だったけれども、会津のひとびとの暮らしぶりは、その後の私の人生に大きな影響を与えているように思う。

はじめに会津に来ようと思った動機は、もちろん近代の黎明期の戊辰戦争という内戦についてすこしは考えてみようということだった。しかし、会津という土地は、大変に奥深い《宇宙》だった。

会津若松は、確かに観光地なのだが、「呉服屋」「漆器屋」「和蝋燭屋」「民芸と凧屋」「下駄屋」「瀬戸物屋」……といった具合に専門店が並んでいて、そうしたお店の主人たちのほとんどは職人である。デパートや一般的な都市部の商店街とことなるのは、問屋から仕入れて販売するだけでなく、自ら商品をつくっているということだ。もっとも、時代の変化とともに若松市内でも職人の数や専門店の数は減っているとは思うのだが。

半年ほど前、喜多方へ行ったついでに若松市内の下駄屋さんに立ち寄って、桐下駄を新調した。以前履いていた下駄もここで購入したもので、下駄底だけでなく、桐の土台の部分までも大分すり減らせてしまったので、新しいのを購入するなら会津に行ったとき買おうと思っていたのだった。下駄屋さんには、サイズ別に桐の土台が並んでおり、たくさんの鼻緒のから自分の好きなものを選んで付けてもらう。鼻緒をつけてもらっている間、いろんな話を聞きながら、みかんをもらって食べて、みかんのお土産までもらって帰って来た。職人の世界に、そうやって出会える暮らしが会津にはある。

さらに、こうした商店と職人を支える資源を抱えているのが奥会津で、そこはもう「命の源泉」のような壮大な森の連なりと雄大な只見川の《宇宙》である。歩けば歩くほど、この《世界》は深いと思った。

ちょっと長すぎる引用で恐縮だが、柳宗悦の『手仕事の日本』は会津地方だけとても長い記述なのだ。

福島は都でありますから、町を歩くと、塗屋だとか紙屋だとか土地出来の品を置くよい店を見出します。古風な看板を今もはずさない店があるのは、伝統の残るのを語ります。しかし品物の側から申しますと、若松地方の方にずっと心を引かれます。いわゆる「会津」で若松はその中心であり、今も昔の城址が残ります。ここは少年白虎隊の物語で誰も想い起す所でありましょう。古い城下町でありますから、今も色々のものが作られます。一番仕事が盛なのは「会津塗」で聞える漆器であります。技を心得た工人の数は多く、商う店も栄えております。ただ近頃の品は昔ほどの手堅い性質がなくなってきました。悪い意味で作り方が悧口になったため、正直に手間をかける仕事が少くなってきました。買手にも罪はあるでしょうが、それよりも問屋が粗末なものを強いる結果だと申す方が本当でありましょう。何も会津塗だけの過ちではありませんが、もう少し親切な仕事をすれば、この塗の名誉は高まるでありましょう。

若松はまた蝋燭ろうそくで有名であります。特に絵を描いた蝋燭が見事であります。呼んで「絵蝋燭」といいます。元来は凡て手描てがきでありましたが、近頃は印刷することを始めましたので、ずっと見劣りがします。多くは花模様で、時には立花りっかのように花籠に活けてある様を見事に描きます。赤、黄、緑、青、黒など様々な色を用い達者な筆を示します。仏事に用いる大きなものから、ごく小型の豆蝋燭に及びます。この絵蝋燭は他の国にも、まま見かけますが、会津出来のが一番だと思います。

この町は煙管きせるを作るのでも名があります。もっとも安ものが多いとされていますが、中にはとても面白い形のがあって、かえって民衆の持物にでなくば見られない美しさのものがあります。刃物はものもこの町で色々作ります。金物かなもので想い浮ぶのは「塔寺釜とうでらがま」でありますが、もとは河沼郡八幡村塔寺の産であったかと思われます。今はかえって他郷に仕事を奪われました。
[つづく]

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