出版舎ジグ 刊行書籍 jig-04 香港
あなたはどこへ
向かうのか 阿古智子

2020年9月30日刊行

1500円+税 四六判 262頁 並製
978-4-909895-04-2  C0036

英国植民地支配で生まれた自由なビジネス空間は、中国返還後50年間という「一国二制度」の約束のもと、自律をのぞむ「香港人」を育んできた。しかし2019~20年、あからさまな暴力や司法を超えた法が、言論や参加を抑えつけている。抗議や抵抗は激しさを増し、分断と格差もあらわになっている――いま香港の人たちは、何に悩み、苦しみ、未来をどう展望しているのだろう。主婦、ソーシャルワーカー、非常勤警察署員、大学院生、香港っ子日本人高校生、親中派年金生活者、知識人たち。中国でのフィールドワークや人権派弁護士の支援を重ねる著者は、香港で暮らした日々を振り返り、旧友や師と再会した。

暴力を、沈黙を、抵抗をどう考えるのか? 「敵」は誰なのか? 経済・政治・人的交流のエネルギーがせめぎあう東アジアで、台湾の政治文化や、歴史を忘却する日本の歩みと重ねて、問いの共有と対話を模索する、やわらかで熱い知性の省察。

写真・森上元貴

ロンドンにいると明かした羅冠聰のフェイスブックの投稿を見て、私は思わず涙が出てしまった。
「私の罪が一体何なのかわからないし、そんなことは重要だとは思わない。おそらく私は香港を愛しすぎているのです」

周庭は国家安全維持法の施行に怯える心境をこのように話していた。
「私たちは命をかけて闘っています。将来には不安しかありません。来年私は生きているのでしょうか。人権、民主主義、自由を空気のように思っていてよいのでしょうか。なくなるとわかるのです。その価値が」

皮肉なことに、私は民主主義の国に生まれ育ったにもかかわらず、言論の自由の価値について深く考えるようになったのは、不屈の精神で表現の自由や法の支配を守ろうとする中国の友人たちと付き合うようになってからのことだ。そして、「香港人は強いよ。生きるのはつらいと感じるけど、まだ絶望はしていないんだ」という香港の友人の言葉にもハッとさせられた。私が香港に住んでいたら、突如として多くのものを奪われ、未来に希望を描けなくなっていたのではないだろうか。

――本書より

 

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著者紹介 - 阿古智子

あこ・ともこ
現代中国研究、比較教育。1971年大阪府生まれ。大阪外国語大学、名古屋大学大学院を経て、香港大学教育学系Ph.D(博士)取得。在中国日本大使館専門調査員、早稲田大学准教授、東京大学大学院総合文化研究科准教授などをへて、現在同教授。著書に『貧者を喰らう国―中国格差社会からの警告』(新潮選書、増補新版)、共著に『超大国中国のゆくえ―勃興する民』(東京大学出版会)、『21世紀の中国 (中国の歴史・現在がわかる本)』(かもがわ出版)、『東アジアの刑事司法、法教育、法意識』(現代人文社)ほか多数

目次

  • はじめに
    1 スターリー・シスターズ
    寮生活一九九六/再会ランチ二〇一九/WhatsAppでの告白/香港人を誇りに思う/世代を超えた動き/移民の街の新移民/警察署の内側で/教育・福祉・格差

  • 2 暴力と非暴力の間
    暴力の拡散とエスカレート/自由か売国か/禍港四人幫/アップルデイリーの創業者/黒ずくめの中学生/大学籠城/生卵攻撃とモラル

  • 3 マスクとメディアと言論
    マスクは違憲か合憲か/緊急事態/SNS上の攻防/河童くんの政治力/ウイルス制圧と権力/赤と緑の選挙戦

  • 4 「敵」はどこにいるのか
    政権批判と「社会秩序/『風傳媒』編集長の話/反浸透法と「帯風向」/境界を越えて書くこと/台湾海峡、両岸の家族/沈黙という不誠実/家族の物語、戦争の記憶を分かち合う

  • 5 批判的思考と教育の中立性
    白色テロの時代と移行期正義/景美と緑島の人権文化園区/野晒しの墓石/台湾の歴史教育「政治的中立規定があります」/台湾の高校で学ぶ「中国史」/ダーク・ヘリテージ/ガイドの力 共感と対話の場をひらく/暮らしの足元で 旧豊多摩監獄の門/問いに応えるには/対抗の知恵 主戦場はSNS/ライブ配信される暴力/全否定を避ける/通識教育は何を育むか/批判的分析の力量/香港っ子日本人

  • 6 分断される社会
    「香港人」とは誰か/格差と貧困/住宅難の中の新移民/アイデンティティ言説の政治/外国人家政婦たち/「民主はないが自由はある」/天安門事件の「暴徒」

  • 7 つながっていたい
    ある家族のホームステイ/「国家安全」の名の下に/削除、解散、解雇、亡命/恐怖とどう向き合うのか/動き続ける香港/人生の実践として/つながるために

  • おわりに
    主要参考文献

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