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移住労働者の権利と感染症対策をめぐる<br>台湾の大学教員5名の共同声明ヘッダー画像

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移住労働者の権利と感染症対策をめぐる
台湾の大学教員5名の共同声明

新型コロナウィルス感染が世界規模で拡大しつつある2月末、台湾の大学教員5名が「移住労働者の包摂こそが最良の感染症予防措置である」という声明を発表した。外国人労働者受入れ拡大に踏み切った日本にとっても重要な論点と提案と考え、声明の日本語訳に解説を添えた。多くの人々に読んでいただければ幸いである。

 

移住労働者の包摂こそが最良の感染症予防措置である

王宏仁 吳嘉苓 曾嬿芬 藍佩嘉 陳炯志

翻訳:張雅晴/監訳:大橋史恵

台湾の疾病対策センターが公表した新型コロナウィルスの32人目の感染者は、病院において27人目の感染者の介助を担っていたことが原因で感染した。この感染者がインドネシアから来た「不法」移住労働者であることが感染症予防センターによって明らかにされると、台湾社会はパニック状態に至り、地方行政も取り締まりを厳格化する意思を示した。

現在、台湾では約5万人の移住労働者が「失踪」状態にある。仲介費の支払いで負債を抱えた、労働条件が悪いといったさまざまな理由で、契約上の雇用主の下を離れてオーバーステイとなり、行政による把握が途切れてしまっているのだ。しかしこうした移住労働者たちは台湾社会の片隅で、重要な労働力であり続けている。とりわけ緊急の医療ケアや、介護労働者の雇い替え期の空白を埋める必要が生じた家庭は、「失踪」状態の移住労働者に臨時に頼らざるを得ない。

移住労働者たちは、言葉の壁と情報不足に阻まれて十分な感染症予防資源にアプローチしづらい(訳注:現在台湾ではICカード式の健康保険証と連携するシステムを使って、1人あたり1週間に2枚というマスクの購入制限が行われている。有効な健康保険証を持っていない人は、マスクを手に入れることができない)。健康保険証を持たない「失踪」状態の移住労働者は、マスクを買うことも病院に行くことも難しい。27人目の感染者が入院していた病院では、医療専門職の人びとは誰一人として感染しなかったが、患者の付添い介助にあたった移住労働者だけが感染したのだ。「失踪」状態の移住労働者と臨時ケア労働者はより深刻な感染リスクにさらされている。私たちは全国的な感染症予防ネットワークをよりいっそう拡張し、こうした労働者たちをそのネットワークのなかに招き入れていく必要がある。

対立を避け、個人の特定をやめれば、口を開くことができる

感染症予防センターで指揮をとる陳時中(訳注:陳時中は日本の厚生労働大臣に相当する衛生福利部部長でもある)がくりかえし強調するように、「病気にかかりたい人などいない」のだ。移住労働者は人間であり、もちろん病気にかかりたいわけがない。特に「失踪」状態の移住労働者は、病気になれば仕事を失って借金を完済できなくなるだけでなく、治療を受けようとすれば高額の医療費を負担しなければならなくなり、強制送還などの多大な代価も支払わなければいけない。

この数日のあいだに、地方行政の首長たちのなかに、「不法移住労働者の取り締まりを厳格化する」という発言が出てきている。陳時中のとる感染症予防原則とは真逆の方針である。私たちは「取り締まりの厳格化」の効果には疑問を持っている。取り締まりに効果があるというのなら、5万人以上の「失踪」移住労働者がいまだ行方不明のままであるのはなぜなのか。台湾の隅々まで捜査し個人を特定するという、移住労働者にとってメリットはなく懲罰のみがあるようなやり方では、彼ら・彼女らはますます身を隠そうとするだろうし、病気になっても病院に行けない状況になるだろう。その結果として、感染症予防ネットワークのほころびはますます大きくなるだろう。

疾病対策センターが32人目の感染者の行動歴を公開する目的は、同じ時間帯に同じ場所にいた人の注意を喚起することにあるはずだ。しかし、この「個人情報の特定」に近い報道によって、他の「失踪」状態の移住労働者たちは震え上がって口を閉ざしてしまう。結果として、疾病対策センターはその行動歴を把握できなくなってしまっている。これにとどまらず、こうした報道は台湾の人びとのあいだに「失踪」状態の移住労働者に対する恐怖のパニックを引き起こし、やがてはさらなるレイシズムとステレオタイプ的な見方を招きかねない。

「失踪」状態の移住労働者をサポートし包摂を進めよう

新型コロナウィルスの感染拡大を有効にくい止めるために、私たちは政府に呼びかけたい。「失踪」状態にある移住労働者に医療サポートを提供し、あらためて関係を結び、正規の仕事とステータスを付与してほしい。「失踪」状態にある移住労働者が体調不良のときに身を隠すのではなく病院に行けるようになれば、大規模な感染拡大を避けることができる。以下が私たちの提案である。

  1. 各レベルの政府機関は「失踪」状態にある移住労働者に対して、「捜査と逮捕」ではなく、「協力とサポートを提供し、自発的な出頭を奨励する」ことを原則とすること。
  2. 健康保険を持たない「失踪」状態にある移住労働者、とりわけ医療ケアを担っており感染リスクが高い移住労働者が、感染症予防に必要な資源にアクセスできるようにすること。感染の可能性がある場合、無償で必要な医療リソースを提供すべきである。
  3. 一定期間中に「失踪」状態にある移住労働者が出頭した場合、事情を考慮し、強制送還および台湾における再就労の禁止といった処罰を免除する。さらに合法的に働けるよう雇用機会を与えること(他の移住労働者と同じように、3年間に1回の契約更新とする)。
  4. 現行制度では、雇用主に過失がない場合であっても移住労働者の「失踪」によって雇用主の雇用資格が停止されるが、これを見直す。また「失踪」状態の移住労働者を雇う雇用主も、事情を考慮し、処罰を免除する。こうした措置によって、雇用主および「失踪」状態にある移住労働者が、ともに感染症予防対策に取り組むことを奨励する。

 

移住労働者は台湾の生命共同体の一部だ

移住労働者たちは、合法的滞在であるか否かに関わらず、農村や、工場や、病院や、家庭や、国家の重大建設工事の現場など、台湾社会のあらゆる領域における営みを支えている。こうした人びとがいかに頑張って働いているか、いかに大きなリスクを負って働いているかを考えてほしい。故郷を離れて働くこうした労働者たちに対して、私たちは最も基本的な感謝と敬意をもつべきであり、彼ら・彼女らが健康に暮らし医療を受ける権利を保障すべきなのだ。

以上の措置を実施できれば、感染症予防対策の落とし穴を避けることができる上に、移住労働者の労働環境の合法化・適正化を図ることもできる。それは政府、雇用主、移住労働者の三者それぞれにウィン・ウィンの関係をもたらす。ウィルスによる危機は、社会システムを変えるきっかけにもなる。私たちは現行の移住労働者の雇用制度と、周縁化された移住労働者の労働と生活の状況を全面的に見直すべきだ。感染症予防がみんなの心をひとつにする。移住労働者は台湾の生命共同体の一部なのだから、私たちは彼ら・彼女らとともに船に乗らないかぎり、安全な航海はできないだろう。

(2020年2月28日発表)

王宏任:中山大学社会系教授
吳嘉苓:台湾大学社会系教授
曾嬿芬:台湾大学社会系教授
藍佩嘉:台湾大学社会系教授
陳炯志:交通大学文化研究国際中心ポスドク研究員

解 説

張雅晴/大橋史恵

2019年11月に中国湖北省武漢市において発生した新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)は、2020年3月現在までに世界中に広がった。このウィルスはインフルエンザと同程度の感染力をもつと見られており、感染した場合の症状は軽度から重度までさまざまであるが、重篤化すると肺炎をはじめとした急性呼吸器障害(COVID-19)を引き起こし、死に至るケースも報じられている。新型ウィルスという「見えない脅威」に対して、各国政府は医療体制の整備を図るのみでなく、感染拡大を防ぐ目的において、国境管理の厳格化や市民生活への介入も進めている。

台湾は最も早い段階から新型コロナウィルスの感染拡大を深刻なリスクとして認識し、2020年1月20日には衛生福利部(医療と福祉を管轄する省庁)の下部組織である疾病対策センター(CDC)が、「新型コロナウィルス肺炎中央感染症予防指揮センター」(以下、感染症予防センター)を設置した。1月21日、台湾で最初に確認された感染者が武漢で働いていた50代の女性であることが判明すると、疾病対策センターは武漢への旅行を極力避けるよう勧告を出した。その後、感染のケースが次々と報告されると、2月5日には台湾に暮らす人びとの中国への渡航中止勧告が、6日に中国国籍者の台湾入境禁止、7日には過去14日以内に中国・香港・マカオへ入国もしくは居住していた外国籍者の入境禁止が発表された。3月7日現在までに、イラン・韓国・イタリアへの渡航は避けるよう警告が出され、これらの地域から台湾に入境した人には14日間の自宅隔離が義務付けられている。また日本とシンガポールからの台湾入境についても14日間、自主的な経過観察が求められている。


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