『ひらけ!モトム』によせて
再 会
インタビューでは語れなかった、つまり文章として公開するのは憚られた、いくつかの裏話もしてくれた。「こ ん な゛ こ と 書 い゛ た ら゛ 大 変 で す よ。み ん゛ な に 顔 向 け で き な゛ く な っ ち゛ ゃ う゛」と上田さんは苦笑い。
実際、それはネガティヴな話ばかりではなく、突拍子もない話であったり、笑える話であったりもするのだが、少なからず誰しもそうしたものがあるだろう。人の生は「Aが原因でBになった」というような単純な因果関係では描き切れない複雑さ、断片さがある。ライフヒストリーは、そうした複雑さや断片さが削ぎ落され、整理されたひとつの形式なのだろう。
裏話を聞きながら、この本は一体何だったのだろうか、と考える。なぜぼくは、上田さんの人生を聴いて、それをまとめたいと思ったのだろうか。
この本は、上田さんの人生の記録というだけでなく、ぼくと上田さんとの出会いの記録でもあった。というよりも、ぼく自身が卒論のためのインタビューを通じて、上田さんと出会っていった、その過程の記録である。
インタビューを始めた当初は考えもしなかった。そして今、上田さんの楽しい裏話を聞けるというご褒美に預かっている。上田さんとの出会いこそ、ぼくにとってかけがえのないものであった。その出会いをこそ、誰かに伝えたかったのかもしれない。
振り返ってみて初めて気付くこともある。むしろ振り返らないと分からないことのほうが多いかもしれない。「出会い」をテーマとして考えれば、この本は、障害者/健常者という分断を、具体的な出会いによって乗り越えていくひとつの物語でもあるのかもしれない、とも思ったりする。
「上田さん、自分の人生が本になって、どんな気持ちですか?」
最後に聞いてみた。別れの時間が近づいていた。
「雲 の 上 に 昇 っ た 気 分 で す よ」と上田さんはにっこり笑った。
「雲の上に昇った気分って、どういうことですか?」
「も う あ と は よ ろ し く っ て こ と で す(笑)」
有頂天ということかと思ったが、違った。やることはやり切った、伝えることは伝え切った、あとは若い衆よろしく頼んだ、ということだった。「人は自分の生まれ持った役割を果たし終えるまで死ねない」というのが上田さんの口癖である。介助者をはじめ、何人もの友人の死を見送る一方で、年々重くなる障害を抱えながらも元気に生きる上田さんだからこその言葉である。
「まだまだ長生きしないとだめですよ!上田さん!(笑)」
こう言いながら僕は立ち上がった。それじゃあ上田さん、お元気で!
「ま た ね゛ ~」
変わらない朗らかな上田さんの声が、いつまでもぼくの胸のうちに響いていた。