ワリピニ通信
地の果てパタゴニアまでやって来た
新型コロナウイルスとその行方
3月14日、パタゴニアにある人口約500人の村が、検疫のために14日間封鎖になったというニュースが飛び込んできた。チリに最初の感染者が出たのは、3月3日。この日までのチリでの感染者は61人でサンチャゴを中心に広がっていたので、これは、大きな驚きだった。
封鎖になったのはカレタ・トルテルと言う海辺の小さな村で、豪華客船の乗船中に体調を崩したイギリス人男性が、地元の診療所で診察を受けた後、約460キロ離れた州都のコヤイケの病院へ搬送された。直ちに、コロナウイルスの検査をしたところ、陽性と判明。下船した他の乗客らは村を観光し、小学校を訪れて子供たちとも交流していたため、村長が緊急事態として、村を検疫するために14日間封鎖、学校や幼稚園も休校することに決めたのだった。
パタゴニアの中でも僻地にあたるカレタ・トルテルにコロナウイルスがやって来るとは、全くの予想外だった。グローバル化と大々的な観光拡大の動き(チリ政府は近年、世界的にパタゴニアの観光を後押ししていた)によって、世界の果てにあるパタゴニアの村も、一瞬にして世界の影響を受けてしまうということを思い知らされた。村人たちからは、「体調の悪い乗客を降ろした後、なぜ、他の乗客たちもフェリーから降ろしたのか。なぜ、村の子供たちと交流させたのか。村人が感染したら、病院まで車で9時間もかかるのだから、死ぬしかないではないか」と激怒の声が上がり、厚生省の出先機関の所長が責任をとって辞任したという。ピニエラ大統領は、翌日から9月30日まで豪華客船の入港を禁止すると発表した。
カレタ・トルテルは、私たちが住んでいるラフンタから800キロほど離れているが、同じアイセン州にある。翌15日の朝、カレタ・トルテルの閉鎖に続いて、アイセン州の全ての公立学校と幼稚園、保育園を14日間休校にするという発表があった。その中でアイセン州の首都があるコヤイケの市長のスピーチが印象的だった。
「ウイルスが、ついにここにもやって来て、親御さんたちが心配している。それを受けて、緊急で他の村長さんたちとミーティングを開き、まずは、公立の学校と幼稚園、保育園を2週間、休校することにした。知事に相談すると、『そこまでするほど、事態は危険ではない』と言われ、中央政府にも問い合わせたが、何の指示もなかった。中央政府は、常に対応が後手後手に回って、予防策を取ることをしない。このような緊急事態で、中央からの指示が下りてくるのを待つ余裕はないので、村長たちと相談して、地方主導で決定を下した」。
「ブラボー!!」
ポールも私も、市長たちの英断にエールを送った。
チリでは、村長、市長を選ぶのは国民なのだが、知事と知事の上にいるインテンデンテは、大統領から任命されて中央政府から派遣されて来る。そのために、市民の側に立っている市長と、中央政府側に立っている知事やインテンデンテと意見が食い違うことがよくあるのだが、今回もまさにそのいい例だ。すると、それから数時間後にピニエラ大統領が記者会見し、「全国で公立の学校、幼稚園、保育園を14日間休校にする」と発表した。
同日の夜、市長たちは、さらにアイセン州にある10ヶ所の国境のうち、3ヶ所を残して閉鎖すると決断。翌16日の月曜日には、「公的機関は、今日から2週間閉鎖になり、電話とメールのみでの対応になる」という知らせがあり、予定されていた隣村の祭りは延期、レストランも自主的に閉鎖するところが出てきた。いつかそうなるかもしれないと思ってはいたものの、実際にそうなると、胸がざわざわして来た。私たちも、自宅待機だ。
虫の知らせというのか、何なのか、コロナウイルスの騒ぎが起こるずっと前から、ポールが、「食料を備蓄しておいたほうがいい気がする」と言うので、オリーブオイルやコーヒーなど、地元で手に入らない物はまとめてオンラインで買っておいた。2月末に、まだチリでの感染者がゼロだった時にも、ポールが、遅かれ早かれチリも他の国と同じ事態になるからと言うので、缶詰やパスタ、小麦粉など(野菜はほぼ自給なので、それ以外)の食品を2か月分ぐらい買っておいた。しかし、事態は長引くかもしれない。そこで、その日の午後、友達のマリに車を出してもらって、ラフンタに買い物に出かけた。
ちょうどオンラインで買っておいたコーヒーが届いたので、日本の宅急便にあたるチリ・エクスプレスのオフィスに行くと、ドアにこんな張り紙がしてあった。
『新型コロナウイルスの予防 ①手を洗う ②体に触れる挨拶はしない(チリでは挨拶する時、女性同士または男性と女性の場合は頬にキスをし、男性同士は握手をするので) ③1メートル以上他の人と離れる ④自宅待機』どうやら、村役場からポスターが配られたようだ。
店に入ると、Holaと、手を振って店主の女性が挨拶し、「普通の挨拶はできないから、手を振るだけで」と笑っていた。次に道具屋さんに行くと、店員の若者が、ガスマスクのようなマスクをしていた。パタゴニアでは、何が起こるのも時間がかかるのだが、(パタゴニアで先を急ぐものは時間を無駄にする、という諺があるくらい)この素早さには、感心した。先週まで誰もコロナウイルスの話などしていなかったのに、対岸の火事ではなく今ここにある危機としてとらえている。ラフンタも州都コヤイケから約300キロ離れているから、重病になったら間に合わないという危機感もあり、みな真剣なのだ。