家事労働者とその周囲のこと その1
映画「ローマ」を観る
家事労働者と雇用主の物語から社会変革へ
家事労働者が主人公となる映画が少しずつ増えている。
たとえば、最近、日本でも紹介され、評価の高かった作品にアンソニー・チェン監督の「イロイロ——ぬくもりの記憶」(シンガポール、2014年)がある。原題は「爸媽不在家(パパとママは家にいない)」。1997年のアジア経済危機下、シンガポールに働きに来たフィリピン人家事労働者と雇い主家庭のひとりっ子の息子が紆余曲折を経て心を通わせていく物語で、話の軸は家事労働者と子どもの関係にある。
これに対して今回、アカデミー賞でオスカー3つを獲得したアルフォンソ・クアロン監督・脚本のモノクロ映画「ローマ」は、1970年代初頭のメキシコを舞台とし、「イロイロ」同様、自身を育ててくれた家事労働者へのオマージュであるが、話の軸を、家事労働者(クレオ)と雇用主(ソフィア)の関係に置いている。そうすることで、映画は、監督が「第二の母」と慕ってきた家事労働者に関する個人的な物語をこえて、今日もなお、労働法の適用外に置かれる家事労働者の処遇を考えさせるリソースとなりえている。
「ローマ」は、クアロンの実家があった、メキシコシティ近郊の裕福な中産階級の住宅街、コロニア・ローマに由来する。大病院で働く医師の父アントニオ、研究者としてのキャリアを断念して子育てに専念する母ソフィア、4人きょうだいの子どもたち(ぺぺ、ソフィ、トーニョ、パコ)、それに母方の祖母(テレサ)が同居している。2階建ての邸宅がある敷地の入り口には頑丈な鉄とガラスの扉があって、この重い扉をがらがらと開閉して一家が出入りすると、そのたびに飼い犬ボラスが興奮して飛び跳ね、外に飛び出ようとする。敷地の奥には使用人用の簡素な建物があり、その2階に使用人のクレオとアデラが住み込んでいる。
クレオとアデラは同郷。メキシコ南部オアハカ地方出身のいわゆるインディヘナ(先住民族)でふたりともたぶん20歳前後。雇用主家族とはスペイン語で、ふたりだけのときはミシュテカ語で話す。家内言語空間は、このように権力関係に規定された二言語で構成される。ミシュテカ語は台所で、あるいは使用人部屋の小さな親密な空間でひそひそと交わされ、ソフィを寝かしつける子守歌をクレオが歌うときを除いて、雇用主家族の前では話されない。この言語の二重性は、そのまま物語の構造に連動していく。
[画像出典]
- 滞在中のパリで筆者撮影、2019 年 3 月