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東アジアのクィア・アクティヴィズム 福永玄弥 その1

ソウルのクィアパレードから – 1

同性愛――世論を分断するイシューとして

ここまで〈保守勢力〉と書いてきたが、韓国で同性愛に対して執拗に攻撃を続けてきた勢力は「プロテスタント右派」と呼ばれる宗教保守である。

韓国ではプロテスタントが人口に占める割合は34.5%だが(カトリックは20.6%)、政治的な影響力や豊富な資金源を土台にした大規模な動員力を有している。近年、同性愛は、行動するプロテスタント右派にとって主要な敵とみなされて攻撃の対象となっている。
(ただし、2018年に済州島でのイエメン難民の受け入れが社会の注目を集めてからはムスリム難民に対する攻撃も加速している。趙慶喜「裏切られた多文化主義:韓国における難民嫌悪をめぐる小考」を参照)。

2000年代以降、韓国社会では同性愛が世論を分断するイシューとなっている。
実際、韓国では2000年代に入ってから性的少数者や女性や障害者など、あらゆる差別の禁止を包括した差別禁止法の制定に向けた議論が国会でたびたび交わされているが、そのつど「性的指向」の項目の導入に対してプロテスタント右派からの激しい批判が集中し、立法化の動きは挫折をくり返してきた。

もうひとつ例をあげよう。男子徴兵制を採用している韓国では、軍刑法によって同性間の性行為が禁止されている(92条)。これにより、休暇中に同性間で性交渉をもった男性兵士が処罰されたり、ゲイ・バイセクシュアル男性のための出会い系アプリを利用したおとり捜査による取り締まりなどが起きており、性的少数者の活動家たちは軍刑法92条の廃止に向けてさまざまなアプローチを試みてきた。

もちろん、プロテスタント右派は軍刑法92条の廃止が「軍隊を内側から崩壊させ、北(朝鮮)に利する亡国行為」であるとする姿勢を強調するのだが、他方、かれらが最大の敵とみなすリベラル派の文在寅大統領も軍刑法92条を肯定する立場を明らかにしており(ハフィントンポスト韓国版、2017年4月25日記事参照)、同性愛はリベラル勢力を分断する試金石にもなっている。

韓国における性的少数者の「苦境」は日本でもよく知られ、日本や台湾と比べて「儒教規範に基づく根強い差別がある社会」として語られてきた。だが、じつはプロテスタント右派による性的少数者に対する集合的な「ヘイト攻撃」は2010年前後に本格化したにすぎず、長い歴史があるわけではない。つまり、かれらのヘイト攻撃は「儒教規範の名残り」などではなく、性的少数者に対する人権保障の取り組みが国内外で急速に進展しつつある
状況に対する「バックラッシュ」であると考えたほうが適切だろう。

事実、プロテスタント右派によるヘイト攻撃が本格化した2010年代前半は、地方自治体レベルで性的少数者の人権保障を進める動きが急速に広がりを見せた時期でもあった。
私が調査対象とする日本や台湾では2015年より自治体による人権保障の施策が急速に拡大するのだが、韓国では一足先に同様の取り組みが見られたのである。

たとえば、2012年にはソウル市が公布した「ソウル特別市学生人権条例」が「性的指向」や「性自認」による「差別を受けない権利」を明記している。そして条例が制定された直後、プロテスタント右派は条例廃止や改定に向けた大規模な抗議運動を展開するのだが、このときは成果を挙げられずに終わっている。その後、2014年にやはりソウル市が「性的指向」と「性自認」を含む「ソウル市民人権憲章」の制定に取り組んだとき、プロテスタント右派の集中的な攻撃をうけてソウル市は人権憲章の採択を断念している。このとき、かれらは2年越しの雪辱を果たすことに成功したといえるだろう。

つまり2010年代以降、ソウル市をはじめとして複数の自治体で性的少数者の人権保障が可視化あるいは進展したことをうけて、プロテスタント右派が大規模な動員をともなうバックラッシュを展開したのである。実際、カン・テギョンの研究によれば、新聞メディアにおける「性的少数者」や「同性愛」にかんする記事は2014年から2015年にかけて爆発的な増加を見せており、急増した記事のうち圧倒的多数がプロテスタント団体を母体とする「国民日報」による否定的な内容であったという(강태경2019)。

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