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『ひらけ!モトム』によせて

2023年5月、広島~江田島 世田谷に暮らす団塊世代の重度身体障害者・上田さんの旅

その0 の つづき

モトム、故郷に帰る

広島到着  編 

5月6日(土)  広島:雨

ホテルにて

モトムさんが車椅子を使っているのは、脳性麻痺によって手足が動かせない障害があるからだが、そのほかにも、たくさんの介助で日々を生きておられる。食事、排泄、清拭、服薬、着替え、等々。ひとつひとつ、モトムさんと介助者とは、身体的な接近や接触をし、互いの呼吸をあわせ、体の状態や器具や、薬の知識をもって、一緒に動いていく。

(なんども言及している『ひらけ!モトム』では、筆者・岩下紘己さんが、モトムさんの泊まり介助で担当する動作、感触、呼吸や気配、気分をていねいに記述している。書籍化で編集を担当した私は、原稿を読み始めていちばん最初に、この部分の、正確で誠実でリスペクトのこもった記述に感激した。)

さて、自室から離れた旅では、そこにまた、新たな介助も配慮も生じる。

モトムさんの自室には、壁にガチで穴をあけて固定したリフトがあり、スリング(シートつき釣り具)の上に体をいったんあずけることで、車椅子からベッドに移動できる。が、旅先にはそれはない。ので、かつてのように、介助者がモトムさんの体をもちあげて移動する必要がある。

「足の方を抱える」係としても任命されていた私は、出発前に予行練習もした。上半身担当、下半身担当、本人、の三者で呼吸をあわせる。これも旅先バージョンの介助。

旅においては、日常の必須アイテムを持ってくるのを忘れた!という事態も発生する。

忘れもの 尿瓶 

脳性麻痺から二次的に生じる、痛み、そして麻痺は、年齢を重ねるごとに増える。モトムさんは50歳のころ下半身と両手の感覚がなくなり、尿も出なくなった。現在は、モトムさんの下腹部からは膀胱につながる膀胱瘻カテーテルが入っていて、管から出て外袋(バルーン)へと尿が溜まる。日中は、車椅子の脇にバルーンが下がっているし、夜間はベッドの脇に固定しておく。

チューブを曲げないよう、間違っても体から抜けてしまったり、漏れたりしないよう、取り扱いには注意と配慮が必要だ。

このバルーンの中の量を定期的に確認して、中身をトイレに流す、というとてもデリケートな作業にかかせないのが尿瓶。それが旅荷物のなかに無いことに、ホテルで気づいたのが、チャンさん。

そして、すぐに代用品を発見/活用したのも、チャンさん。ホテルの部屋には、これまた欠かせない飲料水ペットボトル。コンビニで調達して持ち込んだ2Lのそれを見るや、「これでいけますね」。倒れないようにゴミ箱のなかに立てれば、バルーンから中身を移すときも安心。

吸引器は持参せず

ところでチャンさんは、ALSなどの難病の介護にとくに対応する介護福祉士で、カテーテルのあつかい--たとえば、管の中身が逆流しないよう、乳搾り的にやさしく管を一方向に扱く技、「ミルキング」も、見せてもらった。痰の吸引にも熟練しておられる。(新横浜~広島の新幹線の中では、さまざまな大変な患者さんにその熟練で対応してきたお話もきかせていただいた。)

チャンさんは出発前、モトムさんの旅に痰の吸引器ももっていくことを提案しておられた--旅先で何かあったらどうするのか、との配慮だ。だが、自力で出す力があるから大丈夫との訪問看護師さんの判断で、今回は荷物を増やさずにすんだのだった。

モトムさんが咳き込んだり、必要を訴えた時、いちばんそばに居る介助者が口元をていねいにサポートし、本人が自力で排出する。麻痺の体で、全力で、しっかりと自分をケアする集中力は、さすがモトムさんである。

 

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