出版舎ジグ
jig-web メッセージ

モトム、故郷に帰るヘッダー画像

『ひらけ!モトム』によせて

2023年5月、広島~江田島 世田谷に暮らす団塊世代の重度身体障害者・上田さんの旅

その4

モトム、故郷に帰る

江田島にて 母校訪問

5月8日(月) 広島県江田島市立中町小学校校長室 

(つづき)

岩下​ (映画「さようならCP」は)映像も、すさまじいんですよ。本当に、衝撃的でしたね。なんか、横断歩道を、もうほんと、ずり這いみたいな感じで、車椅子も使わず渡っている、障害者のひとたちが。あと、みんな雑居で・・・ 当時、支援制度とか何もない状況で地域生活をやっていこうと、みんなで狭いアパートを借りて、雑居で、そこにボランティアの介助者が入って、もうカオスみたいな感じで生活している様子が、ただただ撮られている。なにを言ってるのかも聞き取りづらい映像が、たんたんと1時間以上流れる、という・・・ 衝撃をうけたんです。​キャッチフレーズが・・・スローガンが、「われらは愛と正義を否定する」*っていう。

「さようならCP」にも登場する脳性麻痺者の横田弘(2013年没)さんたちが起草した、「青い芝の会」の行動綱領の項目のひとつ。

岩下 それで、この人たちはいったい何を言っているんだろう、何を訴えかけているんだろうって、わからないんですけれど、なにかすごく、興味を引かれるものがあったんだと思います。で、上田さんに誘われて、もう、はい、やります、みたいな感じで。

上田 障害者の権利運動をいちばん盛んにやってた時代で。僕も「東急バス闘争」*をやったことが、この本に書かれてます。

1992年、モトムさんの乗車意思を確認していた運転手が、乗車させずにバスを発進させたことに対し、バス会社に抗議。運転手への厳重注意で終わらせようとした会社の対応に納得しなかったモトムさんは、社会的な問題として解決策をもとめて交渉を粘り強く続けた。経緯の詳細とその後の展開は、『ひらけ!モトム』参照。

上田 ノンステップバスって、ご存知ですか?

上本校長 ​ええ・・・

上田​ ああいうバスを導入させたのは僕だって言われてます。

上本校長 ​ああ、そうなんですか。

上田​ ヨーロッパまで視察旅行に行って、報告会で報告して。運輸省のメンバーも見にきて、そのうちに国産のノンステップバスが走り始めた、っていう。

上本校長​ 不都合があっても、こうだったら乗れるのに、ということを・・・​

津留 ​最初、乗車拒否をされたので抗議に行って。そこから、そういう車の導入を求める運動になって。

上本校長​ やっぱり、そういう行動があったから。上田さんだけではなくて、いろんな方たち、私らも(バスが使いやすくなった)・・・

津留 ​そうですよね。それでベビーカーでも、バスに乗れるようになっているし。

上本校長 ​すごく行動的なんですね。

上田​ まあまあ

岩下 ​さっき、津留さんもおっしゃっていましたけれども、やっぱり、小学校の6年間が上田さんのその後の、家族以外の社会との関わりの基礎をつくっている、とか。

上本校長 ​学校で嫌な思い出はない、っておっしゃって。

上田 ​はい。

津留 ​ただやっぱり、本にも書いてあるんですが、自分だけ高校には行けなくなって、一緒に勉強していた子どもたちは、広島のほうに行って学校に入るのが、ほんとに悔しかったっていう。それで自分で教材をとりよせて、勉強して。

上本校長 ​ふうーん。

上田​​ まあ、(小学校は)よいクラスでよかったです。

津留​​ そうだね。

上本校長​ でもね、こうありたいとか、こうなりたいとか、こうしたいっていうのは、必要なことですから。 家族環境もですけれど、地域の環境だったり、学校の環境だったり、そのクラスの環境とかが、よかったんですね。

次ページにつづく

【『ひらけ!モトム』によせて】連載記事一覧はこちら »

↑

新刊のお知らせ