出版舎ジグ
jig-web 連載

足元の「自由」ヘッダー画像

〈自由〉の〈門〉をめぐる話 阿古智子 その3

足元の「自由」

今日の中国、香港、そして、かつての日本 

天安門事件から香港の大規模デモへ

今年は、1989年の天安門事件から30年という節目の年に当たる。
天安門事件は、現代中国研究者としては、メルクマークになる出来事であり、私は事件そのものを詳しく研究しているわけではないが、この30年の中国を振り返ることは重要だ。5月中旬の台湾出張中、台湾大学で天安門事件30 周年の大型シンポジウムが開催されており、オープニングの半日だけ参加することができた。

台湾大学のシンポジウムの写真
台湾大学のシンポジウムにて。香港支聯会主席Albery Ho(何俊仁)さん、華人民主書院理事会主席の曾建元さん、元学生リーダーの王丹さんら

シンポジウムには、天安門広場に出動を要請された元・人民解放軍軍人の李暁明さん、女子学生を助けようとして戦車に轢かれて両脚を失った当時・体育大学学生の方政さんも登壇。二人が隣り合って座り、事件を振り返った。20年前オーストラリアに移住した李さんは、真相解明の協力は自分の責務と述べ、方政さんに握手を求めた。研究者の呉仁華さん、ジャーナリストの程翔さんらは、事実を冷静に真摯に、そして丁寧に立証しようとしていた。

台湾大学のシンポジウムの写真その2
軍人手帳の画像をパワポで見ながら事件を振り返る。
当時、軍人だった李暁明さん、同じく大学生だった方政さんら。

シンポジウムの主催団体である香港支聯会首席のAlbert Ho(何俊仁)さん、華人民主書院理事会首席の曾建元さんは、最初に行われた記者会見で、「天安門関連のシンポジウムは香港でやってきたが、もう香港ではできない。香港政庁は一部の活動家などを入境させないから……」と話していた。

6月に入り、香港では中国本土への容疑者の引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案が審議される中、改正案に反対する市民による大規模なデモが行われた。林鄭月娥行政長官が審議の「延期」を発表した後も、「完全な撤回」を求める抗議デモが続いた。この改正案が可決されると、中国政府に批判的な人物が、香港から中国本土に公然と連行される可能性があるからだ。

多くの香港の人たちは、「逃亡犯条例」改正案が可決されると、「一国二制度」が完全に骨抜きにされ、香港は独立した立場を実質的に失うと考えている。中国の裁判所は共産党の支配下にあり、恣意的に容疑をかけられたり、理由が曖昧なまま逮捕されたり、外部との連絡を絶たれた状態で何ヶ月も拘束されたりする人もいる。なかでも、「国家の安全」に関わる容疑での逮捕者が頻出しているのが問題だ。例えば、2015年7月、中国では約300人の弁護士や活動家が一斉に事情聴取され、連行された。そのうち30人以上が「国家政権転覆罪」「国家政権転覆扇動罪」などの容疑で刑事拘留され、有罪が確定している。

香港政府は本土に身柄を引き渡す前に事案ごとに、裁判所が可否を判断すると主張しているが、「雨傘運動」の元リーダー9人が有罪判決を受けるなど、昨今、香港の司法は中国政府の意向を汲んだと見られるケースが多くなってきている。2015年には、習近平国家主席を批判する発禁本を扱っていた銅羅湾書店の経営者らが、中国本土へひそかに拉致され、治安当局に拘束されるという事件も起きた。

「逃亡犯条例」改正が香港にもたらすであろう変化

  • 「一国二制度」の下で自治を保障されていたはずの香港がその独立した立場を実質的に失う
  • 香港人だけでなく香港で働く外国人や一時的に香港を訪問する人も、中国大陸への引き渡し
    の対象になる
  • 香港の国際的なビジネス拠点としての地位も一気に低下する

中国を訪れる外国人がスパイ活動や国家機密窃盗の容疑がかかっているとして、逮捕されることもあるが、これらの事実認定も不当に行われている可能性が指摘されている。

カナダ人の元外交官と実業家が「国家の安全を脅かした疑い」で拘束され、2019年5月に逮捕が発表されたが、彼らはちょうど、カナダ当局が米国の要請に基づいてファーウェイの最高財務責任者である孟晩舟氏を逮捕した数日後に、相次いで身柄を拘束されている。そのため、孟氏逮捕への報復という意味合いがあるという見方も出ている。外国企業関係者が根拠薄弱なまま逮捕され、非公開の法廷で裁かれることもある。

こうした状況もあり、欧米諸国の政府や商工会議所は、「逃亡犯条例」改正案に深い懸念を表明している。自由貿易港・香港は世界の金融センターとして発展し、多くの政治難民も受け入れてきた。自由で公正な司法が脅かされれば、国際的ビジネス拠点としての香港の地位が危うくなるとして、香港のビジネス界にも反対の声が上がっているのだ。

【〈自由〉の〈門〉をめぐる話】 連載一覧

↑

新刊のお知らせ