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飯地山里つうしん この地にたどり着いて 3 小林麻里

闇が深まれば光も強くなる

案の定、屋敷は草の海の中。家にも容易に近づけないほどだった。家自体はきれいな状態で残っていたが、周辺から竹やつる性植物が迫ってきている。

そして、家の前に広がる田んぼは、木が生えて、もうすでに山に還りつつあった。溜池などはそのまま残っているから、生きものたちの格好の住処になっているのではないだろうか。
私はそれらの様子を見てショックを受けるどころか、とてもうれしかった。
あーあこうやって自然に還っていくんだ。
誰もいなくなったこの場所は、生きものたちの楽園になりつつあるんだと。

我が家は集落のどん詰まりにあり、西側は深い森に隣接しているので、家の周辺が荒れ放題になってもそれほどご近所には迷惑になっていないと思っている。もちろん、飯舘に戻って復興に尽力している方たちからすれば、宅地や田畑を放置して山に還してしまうのは、景観的にも野生動物が増えてしまうことからも、大変迷惑なことであると思う。でも、私ひとりの力ではどうすることもできない。だから許していただく以外ない。売る気は全くないので、私が生きている間は、ちゃんと固定資産税を払って持ち続けていく。

年明けに、家と作業小屋の解体が終わったと連絡があり、飯舘村の小宮地区の区長さんから写真が届いた。我が家が更地になった写真はさすがにショックだった。でも、宅地も数年経てば木々が生えて森へ還っていくことだろう。7haの森をこの世に遺して逝けることは、私の生きるよすがの一つだ。飯地の我が家の土地は2haほどだから、合わせて9ha。19haにはとうてい届かないけれども、この9haだけはこのままで遺して逝きたい。

そして、縁あって暮らすことになった飯地町のこの家で、毎日薪を焚いて、料理を作り、パンやお菓子を焼き、野菜を作り、庭の手入れをし、犬猫たちを愛し、多くの人と喜びを分かち合い、周りに広がる自然の中で暮らすたくさんの命の存在を感じながら、生きて、生き抜いて、そして、見事に死にきりたい。*5

*1 メガソーラーは、1メガワット以上の出力の太陽光発電システム設備。筆者が暮らす、豊かな里山の残る岐阜県恵那市飯地町でも増加、さらにその杉之沢地区に、総面積19㏊・出力11メガワット・パネル6万7000枚という大規模施設が計画されている。環境や暮らしへの影響の懸念、さまざまな住民の思いは「何があっても」(2019年6月3日)参照。

*2 恵那市太陽光発電設備設置に関する条令(改正・令和元年9月30日)第7条「事前届出」、第8条「地域住民への周知及び説明会の開催」、第9条「近隣関係者への周知及び説明」

*3 政府は東日本大震災を契機に、再生可能エネルギー普及導入の時限的な特別措置法(FIT法)を施行、電力の固定価格買取を保証する等で太陽光発電事業を増加させてきた。

*4 恵那市市議会は、環境不調和や景観阻害、反射光の光害など住環境への悪影響、防災の配慮に欠ける例が多いことから、法整備を求める意見書を国に提出した(平成31年3月)。

*5 山里に増えるメガソーラーの問題については、本ページ末尾に掲載した関連リンクをご参照ください。

こばやしまり 2004年福島県飯舘村に移住、平飼自然卵養鶏を営む。07年に夫が急逝後も自給的農業を再開。東日本大震災による福島第一原発事故の放射能汚染で全村避難となり、同県福島市飯野町に避難。2016年より岐阜県恵那市飯地町在住。

関連リンク

小林麻里さんの文章と関連して、高野雅夫氏(名古屋大学大学院環境学研究科教授)のブログ「だいずせんせいの持続性学入門」のこちらのページもご参照ください。

高野氏はブログで、飯地町はじめ各地の山村で増えるメガソーラーについて怒りと悲しみをこめて考察し、豊かな食の恵み、それらを分かち合う集いや山の神への信仰がある地に導入される経済優先の施策の欠陥を指摘しています。
「ヨーロッパでは一般には森林はフォレスター(森林官)が作った利用・管理計画により管理されており、あくまで森林を良い生態系として維持し、その上で林業として収益もあげるという仕組みになっている。[中略]要は森林を守る法的な制度とそれに基づく実質的な仕組みがあった上での再生可能エネルギー固定価格買取制度なのだ。日本では森林を守る法律は森林法であるが、これは開発行為に対してほぼ無力である。」(同ブログ)
計画的に間伐が進む山村にはソーラーパネルは来ず、農林業がうまく行われていないところが狙われ、見渡す限りのパネルが並べば移住者は来ず、地域衰退の負のサイクルが回る、との指摘もなされています。

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