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〈自由〉の〈門〉をめぐる話 阿古智子 その4

なぜ「平和」がタブー視されるのか

「土地の記憶」を重視する笠原小学校

少し脱線するが、前頁の(*注)の「私の報告」というのは、「裸足の学校」として知られている埼玉県宮代町の笠原小学校について、私がフェイスブックで紹介した文章だ。

「平和の門を考える会」のメンバーは、6月2日にユニークな学校建築で有名な建築家・富田玲子氏の講演会を行い、その後7月6日に、富田氏らが立ち上げた象設計集団が手がけた代表的な建築のある宮代町訪問ツアーを企画した。門を現地に残し学校と共存させたいと考える「平和の門を考える会」メンバーにとって、宮代町の笠原小学校が理想的すぎるほどの学校だったからだ。

特に、設計者である富田氏らの、地域の特徴を生かし「土地の記憶」を重視するという姿勢は、刑務所がそこにあったという歴史を全く振り返ろうともしない、中野の状況とは大きく異なっていた。

宮代町は関東平野の真ん中に位置する、のどかな田園風景が広がる地域である。駅周辺の市街地を抜けると、北側に農村の集落が広がっている。笠原小学校はちょうどその「農村」への入り口にある。富田氏らは、土地の特徴をつかむために設計に1年以上の時間をかけ、「小さな農村集落にある大きな農家」といったコンセプトで笠原小学校をつくった。

笠原小学校には外でもない内でもない曖昧空間がたくさんある。教室から外につながっているエリアは、まるで農家の縁側のような感じだ。階段やかくれんぼできそうなスペースが多数あり、煙突、目のオブジェ、そろばんの玉、赤とんぼの彫刻など、機能的には必要ないだろうが、子どもの五感を刺激するようなものが、たくさん付けられている。こんな風に、自然と一体化しているような学校の中で、子ども達は四季を感じながら、一年を裸足で過ごす。

解説:笠原小学校において「学校はまち」であり、「教室はすまい」である。徹底して子どもの目線から居心地の良さを追求し、過去から現在、未来を見通した子どもたちの帰属意識を考えた上で、設計に工夫を施している。
例えば、笠原小学校の水飲み場の一部は、「土地の記憶」を反映させ、「カエルの手洗い場」「カエルの水飲み場」になっている。以前、この辺りの土地は沼地で、多くのカエルたちが賑やかに「ゲロゲロ」と鳴いていた。「お引越ししてもらったカエルたちを記念して」、ユニークなカエルの目玉と口のついた水場が設置されたのだ。

日本社会は「平等」を重視するがあまり、特徴のない同じような箱物の学校を、山のように作り出した。どの地域も、どんな人間も、同じものはなく、求めているものも異なる。それらを押しつぶして「平等」を追求するなら、人間は鶏舎でまとめて育成されるブロイラーのようになってしまう。中野区にももっと自由な発想で学校を設計してほしい――そのような思いから「平和の門を考える会」では講演会や見学会を企画してきた。

門をめぐる議論について、稲垣議員は「子どもはアイデアや意見は出せるが、判断はできず、責任も取れない」「子どもたちの将来を考え、未来に責任を持てる決断をするのが、選挙で選ばれた区長や区議」と述べた。果たしてそうなのだろうか。

自らが通った学校のあった場所の歴史も知らずに大きくなった子どもたちは、自らの将来に向けて、祖国や国際社会の未来に向けて、責任を持てるような大人に育つのだろうか。私たち人間は、先祖から受け継いだ知恵や教訓を頼りに困難を乗り越え、道を切り開いてきたのだ。歴史があってこそ、私たちの今がある。

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