香港 あなたはどこへ向かうのか 4
スターリー・シスターズ - 星の姉妹たち-その2
テレサはWhat’s Appの電話機能を使って、語り続けた。
T「私のFacebookの名前、本名じゃないって気づいていたでしょう。私の夫の会社には、多くの中国人が働いているの。彼らは中国から流されたフェイクニュースを見聞きしているのよ。私たちとは見ているメディアが異なる。耐えられないわ。こんなニュースを信じているなんて。あの人たちと私たちとは、違う世界に住んでいるような感じがする。私は公共の場では、本心をほとんど話さないようにしているの。特に、政治的に難しい話題についてはね。」
T「ジョセフィンと11月にランチを食べた時、彼女も同じ見方だったわ。レストランを“飾ったり”(この表現については後述)、破壊活動をしたりするのはよくないけれど、そういうことをするのはごく少数の人たちよ。私たちは、ほとんどの抗議者を誇りに思っている。彼らはとても勇気がある。私にはない勇気で立ち向かっているの。それに、破壊活動に参加するのはヤクザかもしれないし、私服警察かもしれない。中国共産党に雇われている人たちの可能性もあるわ。95%の若い人たちは、平和的にデモに参加して、声を上げている。
T「7月21日に起こった元朗での事件(AFP BB NEWS「香港デモ参加者を白服集団が襲撃、45人負傷 三合会か、警察到着は1時間後」を参照)、知っているでしょう。あなたも覚えていると思うけれど、元郎は私の出身地よ。あの事件はヤクザがわざと起こしたと言われているわ。香港人は真実を知りたいのよ。独立調査チームに招聘されていた外国の専門家も、先日辞めたでしょう。独立した調査を行うのは難しいでしょうね。そうして欲しいけれどできないのよ。習近平は政治家の知恵も能力も持ち合わせていない。全てを焼き払ってしまうというような、安易で厳しい手段をとってしまう。
T「私ね、旺角(モンコク)に住んでいるの(旺角警察署前では警察と抗議者が度々対立している)。朝3時にね、抗議者が警察に向き合っているのが見えて、催涙ガスのにおいが漂ってくるのよ。とても強烈なにおい。女性はね、生理の前におりものが出ることがあるでしょう。通常は白色だと思うけれど、最近はずっと灰色なの。何か毒性のものが体の中に入っていて、それを排出しようとしているのかもしれない。催涙ガスの成分を政府は公表していないから、どのような化学物質が入っているのか誰もわからないのよ。これは人道に反する行為だわ。
T「1ヶ月ちょっと前、銅鑼湾(コーズウェイベイ)のダンス教室に行った帰り、ちょうど夕方5時半頃だったかしら、夫から電話があったの。催涙ガスが発射される可能性があるよって。私は彼のアドバイスを受け入れて、すぐに家に帰ろうとタイムズ・スクエアの方向に向かった。地下鉄に乗るためにね。でも、人の波が自分の行く方向と反対から押し寄せてくるの。そのうち、どこかで催涙ガスが発射されたのか、煙が目に入ってきてとても痛い。それでも、とにかく地下鉄の駅へ行こうと思った。その時、私はマスクを持っていたのよ。マスクをつけたらいいじゃないかと言われるかもしれないけれど、私はつけるべきかどうか悩み続け、結局つけなかった。だって、マスクの着用を禁止する緊急法が施行されたばかりだったから。」
テレサがマスクを着用することを躊躇したのは、デモ隊がマスクや覆面で顔を隠すことを禁じる「覆面禁止規則」が10月5日に「緊急状況規則条例」(緊急条例)として施行されたからだった。イギリスの植民地下にあった1922年に制定された緊急条例が、1997年の香港返還後に初めて適用されたのだ。これは、立法会(議会)の議決を経ずに採られる超法規的措置である。違反者には1年以下の禁固刑か2万5千香港ドルの罰金などが科される。香港の高等法院(高裁)は11月18日、この規則は「基本的権利の制限であり、合理的な必要を超えている」として、憲法に相当する香港基本法に違反しているとの判断を下し、香港警察は即日、同規則の適用を停止した。テレサが放水車から逃げ惑った日は、まだ高裁の判決が出ていなかった。
T「私はその日、ただ道を歩いていただけで、抗議活動に参加していたわけではない。でも目は見えないし、涙が出てきて止まらない。仕方なく、ダンス教室に戻ろうとしたわ。濡れたタオルで目をなんとかしなければ。湾仔(ワンチャイ)の方向へ走り出した。そうすると、今度は放水車が視界に入ってきた。もう、私は息ができなかったわ。水を四方八方に放っている。水に当たらないように、体を上下したり、物かげに隠れたりしようとするけれど、うまい具合に逃げられない。とにかく必死で走った。幸い自分には直接水がかからなかったけれど、私と逆の方向にいた人たちに水がかかった。今度はこっちの方向に来るかもしれないと、銅鑼湾(コーズウェイベイ)の方向に走ったわ。催涙ガスや放水車から、こんな風に逃げ惑わなければならなかったのよ。
T「おかしいでしょ! 私たちには自由がないのよ。マスクをする自由さえ! 知り合いに、“放水車を見たら走らないで”とアドバイスされたけれど、なぜ走ったらダメなの? 走っているだけで、どうして水をかけられなければならないの?
一体全体、これが香港なの?! 私、もう悲しくて泣き叫んだわ。
T「私の下の子は9歳、上の子は13歳で、どちらも男の子よ。中学2年生の上の子の学校では、『香港に栄光あれ』*1の音楽を流した生徒を、60人だか70人だかの警察が羽交い締めにして地面に押さえつけた。信じられないわ。音楽を流しただけで、どうしてここまでの扱いを受けなければならないのか。でも、私たちには何もできないの。ただ、この学校の校長と副校長はまだいい方よ。校長は、理工大学から出られなくなっていた子どもたちを助けに行った38人の校長のうちの一人なの。でも、このような良心的な校長は、遅かれ早かれやめさせられるのよ。とても悲観的な気持ちになるわ。
T「私は、子どもたちが洗脳されるのが怖いの。“通識教育”(一般教養/Liberal Studies)*2の科目を廃止するのではないかと言われているけれど、ひどい話ね。来年度から、通識教育を教えないという一部中学校のリストが出てきたと聞いたわ。政府から圧力がかかっているのでしょう。とても悪い兆候だと思う。
T「香港では見られなかったことが、当たり前のように見られるようになった。中国のやり方が香港で普通になっているのよ。衝突が度々起こり、反社会勢力が投入されている。私たちが学生だった時代の香港で、こんなことはなかったはなかったでしょう。香港の大学の学長は中国出身者が多くなっているし、これからは裁判官も変わって行くでしょう。