出版舎ジグ
jig-web 連載

香港 あなたはどこへ向かうのか 6ヘッダー画像

香港 あなたはどこへ向かうのか 6 阿古智子

スターリー・シスターズ - 星の姉妹たち-その4

踏浪ターラン」*1という言葉は、最近警官たちの間で使われている新語のようだ。警官たちは「流れ者の取り締まりに踏み込む」というような意味で使っているのだろうか。デモ参加者の取り締まりを「踏浪者行動」、当番に当たっている人が食べる弁当を「踏浪飯」などと呼んでいる。

L「香港警察は抗議者に立ち向かっているという構図が描かれているけれど、警官の中には、抗議者のふりをして街に出ている者もいるわ。だって、警官が、抗議者が着ているような黒い服を着て警察署に戻ってきたもの。そういうスペシャルミッション(特別任務)もあったということよね!」

ルカはほとんどのデモに参加している。それは彼女自身のもつリベラルな思想ゆえであるが、立場の違いを尊重し合うことは難しいと判断し、非常に慎重に行動しているようだ。


彼女もエミリーの両親のように、新移民に対して複雑な思いをもっている。

L「今は皆、立ち位置はさまざま。黄色とか青色とか、薄い黄色とか水色とか。立場の違いが、家族の中で分裂を生じさせているし、キャリアにも悪影響を与えている。考え方に違いがあっても、友人同士認め合うべきだけど、ストレスがかかるわよね。だから、私はデモにはいつも使っているのとは別の電話を持っていくのよ。私の家の近所に住んでいる退職した警官がね、よく叫んでいるの。平和が大事だと。デモがあるたびに、家の中から大声で叫んでいるの。100%ナイスないい人よ。汚い言葉で叫んでいるけれど。

L「私はこのあいだの区議会議員選挙の投票所で開票作業を手伝っていたのだけれど、とても緊張した。民主派が勝ちそうだったから嬉しかったのだけど、感情を表情に出さないように注意したわ。

L「新移民に対する優遇策に批判はある。私には中国大陸出身の友達は少ししかいないのだけど……。中国から来た人たちには広東語を習っている人もいるし、多くの人は広東語にも、香港の生活にも慣れてくるけれど、あまり香港の抱える課題に関心を持っていないわね。

L「雇用や福祉はそう簡単に論じられる問題ではないけれど、自分自身、仕事を中国大陸の人に奪われた経験があるの。今の警察での仕事のような非正規雇用は不安定だから、以前、職業斡旋会社を通してある企業に面接に行ったのだけど、候補が私と中国の人に絞られ、最終的にその人に決まったわ。彼女は日本語ができて、私はあまりできなかったから、不利だったの。それに、私にはコネクションがないもの、中国大陸に。外資企業も中国のコネクションを重視している。新移民が香港に来ることを反対している訳ではないけれど、若い人たちにとって実質的な脅威になっているのよ。給料も下がるしね。なぜ、そんなに多くの人たちを受け入れなければならないのかって、疑問が湧き上がるわ。

L「新移民を受け入れることで香港を変えようという声もあるけれど、それは恐ろしすぎる。中国から1万人もの大学院生を受け入れていると聞いたわ。こんなに多くの大学院生を受け入れるのは、大学が学費収入を期待しているからよ。特に修士の学位を取りにくる人たちなんて、レベルが一定の水準に達していない学生までたくさん入っている。学部生は香港の大学に合格するのは難しいけれど、大学院生の入試はもっと簡単なのよ。」


ルカは母を亡くし、父は失踪し、幼少時から孤児同然の孤独な生活を送ったのだと、紹介してくれた友人から聞いた。生活保護を受けて暮らしていたルカは努力を重ね、トップクラスの成績で香港中文大学に合格した。しかしその後は紆余曲折の連続だったようだ。彼女はさまざまな社会運動に参加し、ある時は裸で反グローバリズムのパフォーマンスを行った。大学卒業後は高校で教えていたが、こうした活動が勤務校の校長の耳に入ったのか、彼女の雇用契約は更新されなかった。新移民との競争にも勝てず、彼女は安定した職になかなか就くことができない。これまで、大学のプロジェクトベースの研究助手や、現在の通訳官など短期契約の仕事を続け、今日に至っている。仕事を失うことを恐れるルカは、自らの発言や行動にとても気を使うようになった。


生い立ちは恵まれなかったが、懸命に自らの道を歩もうとしてきたルカ。社会の荒波に揉まれ、不安定な生活を送っているが、彼女には現在、同性のパートナーがおり、彼女とともに海外旅行を楽しむなど、小さな幸せを大切にしながら日々を送っている。

人一倍好奇心が旺盛で、社会への関心が強く、向学心もある彼女は、本来もっと率直に、自由に、政治を批判したり、自己表現したりできるはずなのだ。それなのに、こんな風に身構えて生きなければならない。

彼女の純粋さゆえの不器用な生き方に私は共感を覚えるが、なぜ彼女のような優秀で真摯な生き方をしている人に陽が当たらないのか。全く腑に落ちない気持ちが拭えなかった。

  • 写真はすべて著者撮影(香港201912月)

*1:「踏浪」という表現は、たとえば下記のサイトの記事に見ることができる。
・時代論壇(2019年10月21日)
https://christiantimes.org.hk/Common/Reader/News/ShowNews.jsp?Nid=159968&Pid=104&Version=0&Cid=2052&Charset=big5_hkscs

・News ChinaTown(2019年8月9日)「止暴制亂劉業成:香港「踏浪者行動」最高指揮」
http://newschinatown.com/2010-03-05-16-47-53ny/45-2010-03-05-16-53-09/4744-9450.html

 

あこ ともこ 現代中国研究、社会学、比較教育学

【香港 あなたはどこへ向かうのか】 連載一覧

↑

新刊のお知らせ