難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-
何桂藍、Facebook からの発信
(日本語訳) 阿古智子、エスター
<<16~25
私たちのアイデンティティを本当に定義するのは、苦しみそのものではなく、
私たちがそれにどう向き合うかということ。
26. 彼女は激しく沈黙していたが、その反響はどうだったのか! それはユーラシア大陸を横断し、非公開の法廷や報道禁止令、柵で囲まれた壁や検閲を突き破り、私が最も必要としていた時に私に届いた。私は彼女に会うことはないかもしれないが、彼女を身近に感じた。私は彼女を心から感じることができる。
27. 曇った防毒マスクを通して、まったく見知らぬ人の決意の強い目を見つめるような、あるいは、濃いスモッグの中を光に向かって歩いているような、あの感覚を私は求めてここまでやってきた。それは、勇気を持って真の自分に従おうとする個人の間でのみ共有される勇気の行為によってのみ、実現される。
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28. 今日、国民の信頼の欠如によって生じる正統性の危機から免れられる民主主義は存在しない。権威主義による「秩序ある」「効率的な」統治を求める声が容赦なく増大している。不毛な運動や、遠く離れた絶望的な場所で迫害されている自由の闘士たちの苦境が続いていることには、確かに落胆させられる。
29. しかし、できることは確かにある。自分たちの民主主義を守り、修復するのだ。権力の腐敗を阻止し、民主主義の価値観への信頼を取り戻すのだ。民主主義の失敗の事例を一つ減らし、自らの統治を正当化しようとする権威主義的な独裁者に示すのだ。より良い代替策を持って闘いを続けられるように、世界中の自由の闘士たちにあらたなインスピレーションを与えて欲しい。たとえどんなに小さなことであっても、民主主義には闘う価値があるということを、可能な限りすべての瞬間に世界に証明するのだ。
30. 苦しみは懸念や同情を呼び起こすかもしれない。しかし同時に、苦しみが曖昧になれば、哀れだが特徴のない犠牲者を名もない存在におとしめてしまう。私たちのアイデンティティを本当に定義するのは、苦しみそのものではなく、私たちがそれにどう向き合うかということ。自分自身を定義するのは行動であり、自分が何者であるのかを本当に知っている人だけが、最も予期せぬ状況下で心を開き、新しいつながりを作り、人間の多様性、創造性、可能性の素晴らしさをもたらすことができる。私たちが真の自分としてつながり、行動し、苦しむ勇気を持つことができる世界のために。
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本当の民主主義とは騒々しいノイズを意味する
(香港人がそれを一番よく知っているはずだ)
31. この数年間、葛藤を抱え続けている。私が親しい関係にあった人々を含め、多くの人が私を鼓舞しようとはしない。もっと刑務所にいられるようにがんばれ、だなんて言わない。でも、誰かが私に力を与えてくれたときに、私は人間という存在の究極の美を見ることができる。それは格闘することによってはじめて見えてくるものなのだ。スマートにうまくやってのけようとすればするほど、私たちはバラバラになってしまう。でも、別れるのが怖いとあきらめ、格闘することをやめた瞬間に、希望も絶望をも超えるエネルギーを感じることができなくなる。
32. 私とずっと一緒にいる人々の心理的負担は想像できないが、彼らは良心を楽にするために私に自分を否定するよう頼んだわけでも、思考や判断を避け、自分自身と向き合うことを避けるために、直接私を遠ざけているわけでもない。なぜなら、彼らはこれが死ではなく、創造、自己実現であることを知っているからだ。愛は絆と責任だけでなく、達成と解放でもあり、残酷な現実から逃れるのを助けるものではなく、残酷な現実に立ち向かう勇気を与えてくれる。
