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香港、抗う人びとの歌 2ヘッダー画像

難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-

番外編 香港、抗う人びとの歌 2

倉田明子

2019年の抵抗運動

2019年、香港では空前の規模の抗議運動が起こった。

最初のきっかけは、2019年2月、香港政府が逃亡犯条例改正案を発表したことだった。改正の要点は、台湾を含む「中国」で犯罪を犯して香港に逃げてきた者を、現地に引き渡せるとした点にある。発端には台湾で起きた殺人事件があり、台湾と香港に刑事犯の引渡条項がなかったために出てきた話だったが、改正案には、中国本土から刑事犯が逃げた場合も中国本土に引き渡せるとされていた。これが、香港の人たちにひろく懸念を抱かせることになった。

その背景にあったのは、やはり、中国本土に対する香港の人びとの不安や恐怖、不信感だった。

反対の声は、非常に大きなデモに発展していった。6月9日には100万人、次の週には200万人もの人が街頭に出て抗議の声を挙げた。天安門事件の当時、100万人規模のデモが起きたことがあったが、それを超える空前の規模だった。ところが、香港政府はこれを無視する。そこで勇武派とよばれる実力行使も辞さない人びとが現れ、これに対して警察は容赦なく鎮圧する、という形で運動は長期化することになった。

また、デモのやり方にも変化が出てきた。雨傘運動のときには最終的に分裂が起こり、平和路線派と実力行使派が、たがいにののしりあう状況になったが、19年のときには、お互いを批判しないことが前提となった。「兄弟それぞれに頂上を目指そう」を合い言葉に、目的は一緒なので、それを目指して自分でできることをやる、やり方が違う人がいても批判しない、という形に変わったのだ。

もうひとつ、「水になれ」というスローガンもあった。これはブルース・リーの言葉で、臨機応変にその場その場で判断して行動していくことを表している。

雨傘運動の時と同様この運動でもSNSは非常に重要だったが、ある種雨傘運動の時からさらにその利用法は進化しており、リーダーもいらない運動へと変化させることになった。リーダーが何か言ってSNSで拡散し、みんながそれについていく、という形ではなく、匿名の個々人がSNSで連絡をとりながら、臨機応変に動いていく。

本当に目に見えるリーダーが存在しない運動だった。ここが14年と19年の、大きな違いだった。

2019年のデモの歌

この運動でもまた、いろいろな歌が歌われていくが、初期によく歌われたのはある讃美歌だった。

抗議活動の参加者と警官隊の間で最初の衝突が起こるのが6月12日のことで、まさにこの日に勇武派が前面に出てくるのだが、この日に向けて緊張が高まるなか、有志の牧師の呼びかけで、デモ隊たちが集まる現場で祈祷会が連夜開かれていた。

そして11日の夜には、祈祷会のあと、「Sing Hellelujah to the Lord」という讃美歌を、クリスチャンたちが一晩中歌いつづけるというできごとが起こる。

これがその場の緊張を和らげるのに役立ったということで、以来、デモ現場で緊張が高まるとその場の人びとがこれを歌うようになり、この賛美歌はデモのテーマソングのようになった。

香港市民有志のSing Hellelujah to the Lord

 https://www.youtube.com/watch?v=Clg6qEYejZs

この写真と動画は私が撮ったもので、動画は衝突の起こった立法会に通じる歩道橋の上の封鎖線の前で、クリスチャン有志によって礼拝が行われ、賛美歌が歌われている場面だ。

聴いていただくと分かるが、非常に短く、覚えやすい曲である。下の写真は警察署を取り囲んでいる場面で、かなり緊迫した雰囲気もあったが、ここを通りかかったときにその場にいた参加者たちが一斉にこの賛美歌を歌う、という場面に遭遇した。

実際の大合唱を耳にして、やはり、緊張感と同時に、過激にならないようにしようという自制心も感じた。この歌はしばらく歌われていたが、そのあと、国歌といえるような歌が生まれる。

 


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