難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-
番外編 香港、抗う人びとの歌 2
倉田明子
(つづき)
MIRROR
だが、歌はなくなったかというと、そういうわけでもない。
2021年になって、香港の音楽界では、MIRRORというアイドルグループが近年まれに見る爆発的流行を見せた。このグループはメンバーが12人という、香港では珍しい大人数の男性グループだ。K-POP風のスタイルだが、広東語で歌う。彼らの人気はすさまじく、2019年の抵抗運動のあと親政府派と民主派が激しく対立し、香港社会は分断が広がったと言われていたが、MIRRORに関しては、その分断を凌駕して全香港で幅広い人気を博したのだ。*2
日本語のMIRROR紹介サイト、字幕付きMV多数
https://mirror12hk.wixsite.com/website
一方で、社会を映す歌も健在で、達明一派も新曲を出し、国安法下の香港を折り込んだ歌を歌っている。また、今年、YouTubeで再生回数を驚異的にのばしたのが、MC $oHo & KidNeyという2人組のラッパーだ。ここに紹介する「係咁先啦」も、今の香港を映している。
MC $oHo & KidNey ft.Kayan9896 《係咁先啦》
(日本語訳:小栗宏太)
ねえ一緒に連れてって 帰りの便は直行なら2割引
道が合わないならあきらめよう
気まずいのはやめようよ 親友だからねえ一人で行かせてよ サヨナラ 友人一同
いいわけを探したって意味はない
正直に言おう もう十分じゃないか俺もう行くわ それじゃあな また遊ぼうな(ツァイチェン)
さようなら それじゃあな また今度な(アンニョン)
俺もう行くわ それじゃあな また遊ぼうな(チャオ)
さようなら じゃあまた今度 今度があれば な(バイバイ)MC $oHo & KidNey ft. Kayan9896《係咁先啦》(2021)
https://www.youtube.com/watch?v=S1v_d_e_E_g
飲み会の途中でもう帰らないといけないのに帰れない、という歌なのだが、よく聴いていると実は、香港を離れて海外に移民する人の心情を歌っている。
今、香港では、国安のもとで再び、移民の波が起きている。80年代・90年代より移民者は多いかもしれない、という人もいるくらい、大きな波になっているのだ。そして、やはりそのことを歌う歌が出てくる。香港のポップスは香港を映す鏡なのだ。
歌は消えない
市民運動で歌われてきた「抗う歌」は、香港に根付いてきた Cantopop の文化から生まれてきたのだと思う。香港への愛着や、広東語への拘りが Cantopop の根底にはあり、香港の政治や社会のさまざまなできごとを通して抗いの歌になった。
一方で、香港のPOPソングの中にも、それは今も存在し続けている。MIROORの歌の歌詞にも、香港人にしか分からないようなローカルな要素が盛り込まれており、それが人気を博した理由にもなっているようだ。
今は、あからさまな「抗う歌」は歌われない。「香港に栄光あれ」も歌えず、「自由花」ももう歌えない。少なくともこの先しばらくは、無理だろう。6月4日の天安門事件追悼集会も、もうできない可能性のほうが高い。
でも、一見、脱政治化したPOPソングにも時代を映すようなものがあり、その中には、なにかしらの抗いを含んでいるように見えるものもまだある。おそらくこれからも出てくるのではないかと思う。そういう意味で、ブルース・リーの言った、そして運動スローガンになった「水になれ」というのは続いていくのでは、と思っている。
忘れられない光景がある。国安法が施行された直後に、街頭に抗議に出た人びとの様子を写したニュース画像だ。
彼らは何も書かれていない白紙をかかげていた。何か文字が書いてあったら、それが国安法違反だとして捕まってしまうかもしれないからだ。だが、この2019年以来のこの運動を一緒に経験してきた人たちには、そこに書いてある(いない)スローガンが、わかるのだ。それを叫ばなくても、文字にならなくても。
そういう共通体験や記憶が、香港のなかにできたことは確かで、そういうものが、今後もなんらかの形で表現されていくのではないか、とも思っている。
歌も、そうした表現のひとつの出口であり続けて欲しいと思う。
*2 小栗宏太「未定義的衝撃:Mirror現象と国安法時代の香港カントポップ」noteブログ、2021年12月24日https://note.com/sasaleut/n/n8b887fc69cfa
・写真は、《願榮光歸香港》演奏のYouTube画像を除き、すべて筆者撮影