難以言喻的香港生活所思 ―香港の現在、言うに言われぬ思い-
番外編 香港、抗う人びとの歌 2
倉田明子
(つづき)
「国歌」が生まれる
8月末、匿名の有志が、ネット掲示板に「香港に栄光あれ」という曲を発表した。
その掲示板上で、ネット民たちがひとしきり歌詞について議論し、それらを調整した完成版がYouTubeに投稿された。すると多くの人びとがこの歌に魅了され、9月以降のデモの現場やショッピングモールで、みんなで集まって大合唱するという現象が続くことになる。
この歌が生まれてきた背景には、香港でここ数年高まっていた「本土意識」がある。香港のローカルな文化を大切にし、香港を自分たちの「本土」、すなわちホームだとする考え方のことを言う。こうした感情自体は返還前の時代からある程度見られたが、顕在化し、また政治性を帯びてきたのは雨傘運動のころだった。運動が失敗に終わったあと、2016年頃からは、「本土派」と呼ばれる政治的志向の若者たちが台頭する。中国大陸とは心理的に距離を置き、香港のことだけを第一とする考え方だ。
中国の民主化のことも支持してきた伝統的な民主派とは対立する場面もあった。だが、2019年の抵抗運動では、参加者の間で程度の差はあっても、本土意識が全体として高まっていった。「香港に栄光あれ」はそうした参加者たちの香港愛にじかに響く歌だったのだ。
公表直後から、YouTubeには様々なバージョンのアレンジ録音が登場し、各国語もでき、初音ミクもカントリー調もロックもあった。
この歌を香港の人がどう受け止めたかが分かるBBCのニュース動画が、YouTubeに残っている。そこでは香港の人たちが「とても感動した」「みんなで歌うことで団結力を感じた」「この歌を香港の国家にしたい、香港人の気持ちが込められているから」「はじめて、外国人が国家を歌いながら泣いている気持ちが分かった」などと語っている。
私もネット中継などで、国歌を歌う時のように胸に手を当てる姿勢でこの歌を歌う人たちの姿を目にし、いままでの香港にはなかった光景だと思った。本当に特別な歌が生まれた瞬間だった。このような歌が突如、しかも匿名の作者によって現れたというところに、この運動の特徴が表れているようにも思う。
紹介する動画は、一番人気があった管弦楽バージョン。曲が終わったあと、最後に叫んでいるのは、今回の運動で最も使われたスローガン「光復香港、時代革命」だ。歌詞の中にも織り込まれている。聴いてお分かりのように、カッコよく、ある種、国歌的なメロディで、気持を高揚させる力のある歌だ。
《願榮光歸香港》 (日本語訳:倉田明子)
なにゆえ 涙 流れ
怒り 胸に 溢(あふ)るるや
頭(こうべ)上げ ともに叫ばん
自由きたれ この地に恐れ 消えざるとも
固き思い 変らじ
血流るるとも 声響かせ
自由打ち建てん 香港星堕つ夜と霧の かなたより 響く角笛
来たれ 尽きせぬ 勇気と 知恵もて
自由を守れ夜明けぞ 我が手に 香港
正義がため 時代 革命(あらた)めん
民主 自由 とこしえに
栄光あれ 香港《願榮光歸香港》管弦樂團及合唱團版 MV:YouTube 黑方格BlackBlog
https://www.youtube.com/watch?v=oUIDL4SB60g
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