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いただきもの おすそわけ 山内明美 その4

にしんの山椒漬け

- 青葉山での採集暮らしとよそ者の《風土》-

今年はまったく何てことだ。(新型コロナのことではない。)
GW終盤のタイミングを見計らって実家へ田植えをしにいったら、もう植えられているではないか。しかも、機械でバタバタやられてしまった。私の三角田んぼが、機械を入れたから四角になってしまったではないか、父よ。

「コロナ禍」で参った心身を癒そうと、のんびり手植えをしようと思っていたのだが、今年の実家の田植えは、例年よりも早かった。これもひょっとしてコロナの影響ではないか、と思っている。どこにも出かけられないし、何しろ、やることは田植えくらいしかないからだ。

この田んぼは、私が小学校6年の時に、父親から「自分でくうコメは自分でつくれ」と言い放たれ、もらった田んぼだ。小学校、中学校、高校とずっと人力で耕していた。これっぽっちの田んぼを鍬で土を起こすだけでも、腰のイタいこと、イタいこと。まぁでも、自分が1年食べるくらいのコメは十分収穫できる。私は、この田んぼを耕しながら、この風景を見て育った。正面に見えるちいさな山は、神行堂山。たぶん、昔々は修験者がお山がけしていたのだろう。

この写真を見てもらえれば一目瞭然なのだが、スーパーもない、コンビニもない、ましてや本屋なんか望むべくもない。まぁでも、この環境は、悪くない。あの山や、海からいただいて、自分の手を動かしてみれば、この《世界》には何でもあるということを、私は田んぼ仕事で学んだのだった。水の管理は実家に任せるしかないけれども、秋の稲刈りは何とかやりたい。

田植えの終わった田んぼは鏡のように空を映しだしていて、そんな故郷の風景を見渡しながら、「人間」の顛末というものをぼんやり思ったりした。いったい私たちの暮らしは、どのあたりから、このパンデミックへとつながってきたのだろう。


2020年は、2月中ごろから社会が騒然となって、仕事場の大学は卒業式を縮小化し、入学式を中止したまま、学生入構禁止となった。5月3週目から春学期がスタートしたが、学生不在のまま桜は咲いて散った。チューリップやツツジもそれに続いた。

今は、慣れない遠隔授業で粛々と「業務」をこなしている、という感じだ。「アウラの喪失」とは言ったもので、遠隔でゼミをやっていても、対面授業のように学生との「アウラ」が交差することはない。(「後ろの席で携帯ゲームに昂じている学生を見なくて済むからいいね」と言っていた先生もいたけれど。)これは大学の授業なのだろうか。自分の言葉が伝わっているのか、私自身がとても不安だ。学生はもっと心配だろう。

先だっては図書館の裏で、イノシシ3頭と出くわした。ここは青葉山の山頂だからイノシシやクマは毎週のように出没情報が共有されるけれども、彼らは学生のいない静まり返ったキャンパスの真ん中を歩くようになっている。こうして大学キャンパスに人が来なくなったら、やがて草木が繁茂して、花々が咲いて、虫や鳥が来て、動物たちの暮らしがはじまる。そんなことを想して、ふと福島のことを思い出して、またこの現実に戻って来る。そんな感じの、「コロナ的日常」を送っている。


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