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いただきもの おすそわけ 山内明美 その4

にしんの山椒漬け

- 青葉山での採集暮らしとよそ者の《風土》-

[引用つづき]
しかしそれらの地方を旅して見ますと、たしかに貧しいとか遅れているとかいう一面はあるとしても、大きな自然の中に住んでいるその暮しぶりや、信心深い気持や、行事をおろそかにしない風習や、重くねばりこい性質や、それらのことが純朴な実着な気風をかもしていることを気附きます。しかもその生活に取り入れている品物は、多くは郷土のもので、祖先から受継いだ技でこしらえられたものであります。こういう風習が濃く伝わることは、大きな強みと思えないでしょうか。何よりそれらのものは日本固有の性質を示すからであります。これに比べますと都の人たちが今用いている大概のものは、弱さやもろさが目立ちます。仮令たとえ暮しに進んだ面があっても、半面にかえって遅れた所があるのを見出します。かく考えますと、東北人の暮しには非常に富んだ一面のあることを見逃すことが出来ません。そこでは日本でのみ見られるものがゆたかに残っているのであります。従ってそこを手仕事の国と呼んでもよいでありましょう。
(前掲書)

今は廃絶してしまった手仕事も多くある。柳が書き残した会津にもう「煙管」職人はいないし、かんじきや蓑を着るひとはいなくなった。

貧しい「東北」の表象と、その気候風土が「純朴な」気風をつくること、日本人が忘れ去った手仕事が残っていること、それはもう読んでいる自分が痛々しい気持ちになるような柳宗悦のオリエンタリズム的文章なのだが、日本全域の手仕事を網羅的にコレクションした彼の収蔵品には、もちろん会津本郷焼の「鰊鉢」が書かれてある。

私は、この「にしん鉢」というものを、当時の仕事場であった福島県立博物館で知った。博物館へ出勤する道すがらの瀬戸物屋の隅っこのほうに、大きくて四角い見慣れない焼き物がいつも積んであった。渋い茶色の四角い器なのだが、「あれはいったい何をいれるものなのだろう」とずっと不思議だった。民俗の学芸員で、『会津農書』と民具研究で著名な佐々木長生先生に伺うと「あれはね、にしん鉢」と教わった。「にしん?」

そしてすこし後に、わっぱ飯屋で食べたあまりにも美味しい「にしんの山椒漬け」で、会津文化へのコペルニクス的転回を果たしたのである。


この土地には、にしんの山椒漬けをつけるためだけの器が存在するということを。海のない土地で保存可能なカチコチの身欠きにしんを、春先に芽吹いた山椒に漬け込むという、なんという文化。ここは、そのような風土をもった《宇宙》だったのである。

にしんの山椒漬けレシピ

材料

・身欠きにしん ・山椒の葉っぱ ・酢 ・醤油 ・みりん ・酒
*酒はお好みで、家庭によっては入れないところもあるようだ。
*カチコチの身欠きにしんは、米の研ぎ汁に一晩漬けると臭みもなくなり、
やわらかくなります。
*容器はタッパ―でも大丈夫です。

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