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どら猫マリーのDV回想録 その1

ただいま人生再生中

抱っこしていたから長女の靴をすっかり忘れて走り出した。すると、後ろから妹のお靴をしっかり持ってついてくるのは、夫がかつて「いらない」といった発育がゆっくり目な長男。走るから揺れる。長女はまたきゃきゃきゃっと笑った。

私たちをシェルターに送り届けたのは当初予定していたパトカーではなくタクシーだった。国家権力は実際の暴力がないと家庭の中には入れない。私は公平性を少し恨んだ。タクシーの運転手さんは、「同じ国の同じ男としてありえない。代わりに謝る」と、言って去っていった。

そして数日、快適とはいえないシェルターで過ごした。ボイラーが壊れたとかで、シャワーからお湯が出なかった。子どもたちは部屋でやりたい放題だったけれど、でももうそれしかなかった。「あれはないんですか?」「これがないと困るんです」「面接はまだですか?」主張をすべて言語化し、一番わがままで手のかかる利用者としてわたしは過ごし、帰国を獲得した。

成田空港までの珍道中、髪を振り乱して頑張る私の代わりにおやつをくれたり、保育を手伝ってくれたシリア人カップルには今も感謝している。自身も難民の境遇でそれどころではなかったはずの人たちさえ、私を助けてくれた。

私を罵倒し、足で踏みつけた男はもういない。今はその男が生きているのか死んでいるのかさえも知らずに暮らしている。私は職を得て、仲間に恵まれた。旧来の知人、家族、地域の人、たくさんの人に支えられて毎日を過ごしている。

子どもたちと毎週末出かけ、イライラしたりケンカしたりしつつも楽しくすごしている。パパの話は残念ながらタブー。何かの拍子に話をしたら、その日の夜、長男は滅多にしないおねしょをした。長女の方はといえば、父親の記憶さえ失われている。

私は不幸なのか。何か欠けてしまったのか。汚されたのか。いや、それは決してない。意味のない経験はない。私の暴力の記憶はたくさんの人に支えられた記憶でもある。
そして何より確固たる私を確立した。私はこの記憶を糧に今日も生きる。
私は私の人生を歩む。

どらねこまりー ペンネーム。2 児のシングルマザー、DV サバイバー

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