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どら猫マリーのDV回想録 その9

マリーの逃亡劇 “アジア女性の連帯” PARTⅡ

違う。タクシーじゃないよ。
自分で書いた文章*1 を読み返して、愕然とする。
 *1 本連載その8参照

記憶ってなんて頼りないのだろう。カンボジア人女性と別れた場面。こうやって時折思い出す。彼女のほっそりとした手足や、鮮やかな色合いが似合いそうな美しい肌の感じも。見送るとき、彼女が輝いて見えたのはそのせいだろう。彼女もまた、まぶしそうな顔をしていた。ほんの数日間だけど、“通じ合っていた”ような、感覚。

でも、乗り込んだのは……そういえば、施設側が用意してくれた車だった。
シェルターの世話人の一人が車を出し、かくまってくれた友人――私が子どもを置いて家を出たあと1週間のあいだ自宅に置いてくれた、あの日本人女性――に会ってから空港へ出発できるよう、待ち合わせ場所を経由してバスターミナルまで送ってもらったのだ。

その時、私の手元にはパスポートがなかった。誰かに持ち去られるといけないからパスポートをどこかに隠しておいた方が良い――と、ソウルのシェルターで助言され、それを本気にした私は、子どもたちと自分のパスポートを、かくまってくれた彼女に、ひとまず預けたのだった。

パスポートを預けたりしなければ、こんな二度手間はいらなかったのに――脱出に成功した途端、親身になって助言してくれた援助者たちや友人の感謝はどこへやら、後悔した身勝手な私である。誰だってこんな変なことに巻き込まれたくないだろうに。それでも友人は嫌な顔ひとつせず引き受けてくれた。まるで自分の使命でもあるかのように。

私が彼女の家から日本に帰国したときも、ソウルに向かう高速バスターミナルで彼女は見送ってくれた。バスに乗り込むときも、「とにかく何も、気にすることないから。何て言ったら分からないけど、今やるべきことだけ見たらいいよ。」そんな言葉を添えてくれた。

「今日、保育園におむつ届けておいたよ✌。
こっちは昨日の雨から気温上がらないけど、二人とも元気そう」
「スーパーでポーちゃんとエリーちゃん見かけたよ。
おばあちゃんたちと一緒だったみたい😮」
「旦那さん、真っ赤なポロシャツだったけどあれ、自分で選んだのかね😆
マリーちゃんのこと聞かれると面倒だからちょっと避けちゃった(笑)」
そんな日常を常にSNSで送ってくれていたっけ。

女性支援センターの窓口の待合室。保育園を思わせるパステル調の内装の部屋に、まぎれもなく彼女が座っていた。私の日本からの「遠隔育児」まで担ってくれていたから、会うのはほんの数日ぶりのような気すらしたけれど、最後に会ってから2か月もの時が流れていた。最後の最後まで私都合で動いてくれていた友人である。

待ち合わせ場所は、彼女の住む田舎まで幹線道路一本とはいえ、すぐそこ、というわけにはいかない。それでもしっかり時間を守り、待っていてくれた友人。
友人といっても3歳年上のお姉さん。

「マリーちゃんのおかげで、堂々といろいろとお出かけできて楽しかったよ。
バス代、ありがとう。」
彼女は屈託なく笑った。

次ページへつづく


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